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ようこそ

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ようこそ、当書房へ。

このブログは笛吹(うすい)ハヅキがいろんなペンネームで書き散らかしていた小説や雑文をまとめたサイトです。


しかし、ここのとこお囃子ブログに化けつつあったので、急遽、津軽の獅子舞、登山囃子、ねぷた祭り囃子などの専用ブログ 『津軽お囃子歳時記』 も作りました。
こちらもどうぞ、ご覧ください。



コメント、大歓迎。
楽しんでいただければ、幸いです。
写真などを転載したい方、ご一報ください。


*管理者が飽きっぽいため、しょっちゅうテンプレートが変わりますが、
  不審に思わないでください。
  あなたがご覧になっているサイトは確かに『葉月書房』です。

*目次欄から各章へショートカットできます(表示はストーリー順)。
*カテゴリ欄からタイトルを選択していただければ、各章をストーリー順に見ることができます。

*足跡帳はコチラカラ
*このサイトのバナーはリンク集のページにあります。
 (カテゴリ「物書き仲間のリンク」から入ってください)


(旧ペンネーム: かのこ、karicobo、ぺりうぃんくる、芦田スオミ)
(谷地田ヴァルゥ名義のSF小説サイト: 『神隠しの惑星』『白い花の唄』

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category未分類

セルフィー・マニア

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 ここ数ヶ月、自分のスマホの画像アルバムがとても他人様にお見せできない有様である。大量の自撮り写真で埋まっているからだ。日中結ったりねじったりしてアップにしていた髪をほどいて、顔がほどよくやつれ気味で二重あごになっていない日を選んで、母が寝静まった深夜にひとりでモデル撮影会をやっている。十枚ばかり撮ると、自分でもまあいいかと思える写真が撮れる。これを美顔レタッチや絵画のように見えるフィルター加工をほどこして遊ぶ。誰にも見せない自分のブロマイドが貯まっていく。

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category墓守り娘日誌

ゆりの首を落とす代わりにこんなところで手を打とう

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 母に対するイライラは、『ゆりの首』を書いてからさっぱり消えた。こんな言い方しか出来ないのはイヤになるが、母が軽度の認知症になってくれて本当に良かった。まあ、でなければそもそも私と同居するなんて話にならなかっただろう。そして母が昔の通りなら私の方が3日ももたなかったと思う。身体能力的には介護認定が下りないぐらいの元気さなのだが、ちょうどいい塩梅のボケ具合なのだ。

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category墓守り娘日誌

ゆりの首

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母の庭は家族の呪いであった。認知症が徐々に進みつつある母にもう確かめることはできないかもしれない。そうでなくても本当の気持ちはずっと聞くことができなかった。だからこれは私の想像に過ぎないかもしれない。母は花の手入れをしながら60年ずっと父への怒りを募らせていたのだ。

 私には5歳以降の写真がほとんどと言ってない。5歳までは厚いアルバム3冊に貼り切れないほど写真があるのに、ある時期を境にぱたっと家族の写真が無くなっている。弟は私が4歳の時に生まれたので、赤ちゃんの弟を私が抱っこしている写真はある。弟のお誕生アルバムもある。でも掴まり立ちしたりよちよち歩きしたり、一番可愛いはずの頃の写真があまりない。その後の写真は保育園や小学校の行事で撮られたものがポツポツあるだけ。つまり父が家族の写真を撮るのをやめたのである。その頃の母の年齢を数えてみると40歳。子供の私にはよくわかっていなかったが、その頃家族の”相”が何か変わってしまったのだと思う。

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category墓守り娘日誌

母とスリッパ

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 先にも書いたが、子供は与えられたものがすべてで疑問を持たない。自分の親を客観的に評価するのは自我が芽生えてからのことだ。いわゆる中二でなく、私は実際に中二で世界の見え方が変わってしまった。イジメがきっかけかなと思っていたが、考えてみると6歳ですでにイジメられていた。法事で生まれて初めて飛行機に乗って、雲の海の上に出たのがきっかけのような気がする。周囲に誰もいない場所で空を見上げて、意識を集中させて、”飛ぶ”練習をしたものだ。それはともかく、それまでも母が苦手だったが14歳でどうやら母は自分の味方じゃないらしいと気がついた。その認識は今も変わっていない。親に不満を持つのはそれだけ依存していて期待を持ち過ぎるから。つまり甘えているのである。でもま、親は一生親なのでしょうがない。
 で、母を自分の家に呼んで同居生活を始めて、初めて気づいたことがいろいろある。そういえば、うちは極端にお客が少ない家だった。子供の頃、公団の団地に住んでいて近所に同年代の子供がぼろぼろいた。主に男の子とばかり外でごろごろ遊んでいた。魚を採ったりクワガタ採ったりドングリ拾ったり秘密基地作ったり。友達の家に上がり込んで本を読んだりレコードを聞かせてもらったり。でも我が家に友達が来たことがほとんどない。玄関まで呼びに来ても、上がってもらったことは記憶にある限り子供時代に一度も無かった。高校生になって自分の部屋に友人を招き入れるようになって初めて、人を呼べるようになった。トイレを貸すことはあっても、居間や台所に人を入れたことがない。そこは母のテリトリーだったからだ。

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〔テーマ:ひとりごとのようなものジャンル:日記

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