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2026/08/16 07:15
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 (旧ペンネーム: かのこ、karicobo、ぺりうぃんくる、芦田スオミ、ハヅキ)
(谷地田ヴァルゥ名義のSF小説サイト: 『神隠しの惑星』『白い花の唄』

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母上のサバイバル母上追記

2019/09/27 18:18
 実際のところ、母上も私がうちに無理やり連れて来なかったら、

 実際のところうちの母上も、私の部屋に無理やり連れて来なかったら3、4年前に認知症から来る鬱とそれに伴う栄養失調で死んでただろうなと思う。5年前、脳梗塞起こした数ヶ月後に一番行き来があった弟(私にとっては叔父)が亡くなり、その2ヶ月後にうちの父が亡くなった。
母上が冷蔵庫開けっ放しにしたり鍋を火にかけて忘れたりを補助していた父がぽっくり死んで、実質独り暮らしは無理になっていたのだが、本人、迷惑かけたくないとかひとりでできるもんとか言って同居したがらない。私のうちで数ヶ月療養ているうちに、一緒に散歩したり買い物に行ったりしてたご近所さんがこれまたぽっくり急死。母はトボトボひとりでスーパーまで歩いて行っても、何を買えばいいのかわからない、何も食べたいと思えない、何を食べても味がしないという状況になった。脚気の症状が出て、脳神経外科の診察室で"死にたい"と漏らした。ここまで来てもさんざん説得して同居に同意するまで一年かかった。

 あの時点で母が亡くなったとしても、日本人の平均寿命はクリアしていたわけで、我が国の高齢者の晩年としては標準的な人生だったのかもしれない。忙しいから家事手伝ってよ、と無理やり私のうちに拐って来た、今の生活はボーナスステージというところか。今でも多分、母は自分から何か食べたいと思い付かないし、あまり味もわかっていない。それでも私が用意した食事を私と同じ量食べるし、美味しいねと言えば美味しいねと答える。
 もはや自分の弟達のどの子が存命でどの子が亡くなったか覚えていないし、名前も思い出せない。父が亡くなる前の10年間、年金やりくりして夫婦で北海道から沖縄まであちこち旅行したことも覚えていない。家の外で息子と会っても顔がわからない。それでも欠かさず週二回デイサービスに通って楽しそうだ。さまざまな家族の思い出を語って覚えてる?と聞くのは、母上にとっては残酷なことかもしれない。それでも写真を見せてヒントを出せば思い出すこともある。脳のリハビリと思って、母上の昼寝椅子の周りにアルバムを積んでいる。あれだけ本の虫で、毎日寝る前にガリガリ日記を書く文芸少女だったが、もうハガキに二、三行書くにも数ヶ月苦悩し、本も読まない。ひとりでTVを見ても内容がわからないので、すぐ眠くなる。私の解説付きじゃないとTVがわからない。そもそもリモコンの使い方がわからずチャンネルも変えられない。

 それでも去年だったか、母上は、これまでの人生で今が一番幸せかもと言った。日当たりのいい居間のソファで猫と昼寝したり庭に水を撒く隠居生活。このボーナスステージはあと何年続けられるだろう。去年大腸のポリープ取るのに入院して減った体重が一年経っても戻らない。手足の筋肉が落ちて細くなるばかり。時速1キロぐらいの速度で50メートル歩くとくたびれたもう座ると言う。それでも楽しそうである。

 母上が楽しそうだと考えるのは、その方が私が楽だから。母娘とはいえ、本当のところ何を感じているかなんか、わからない。でもま、母上は我が家の三匹目の猫のように幸せそうに見える。




 それでいいのだ。


非日常な日常

2019/09/27 18:10
 子供の頃、夜中にゴロゴロ重いものを転がす音が聴こえて来ることが時々あって、聞いても家族は知らないという。なんとなく鬼が石の車かなんかで悪い子供を拐いに来てるようなイメージ抱いてずっと謎だった。あれ、多分、住宅街の外でエンジン切って重いバイクを押してくるマナーのいいライダーさん。
 聴こえたけど言ってはいけない、みたいな恐怖感があった。これは謎が解けたけど、他にもいろいろ、見たもの、聞いたもの、人に尋ねても『えっそんなの聞こえない』『ないよそんなもの』みたいなことがけっこうあって、おかしいのは自分だという感覚がずっとあった。とりあえず上空とか木立から聴こえてくる音に自分だけ反応して周囲の人は誰も気づかない孤独というのは、大学に入って鳥仲間が出来て解消した。ゆーれー見えるのも、ま、そういう感覚の一種だと思っている。

 『見たと言ってはいけない』体験のひとつ。昔、母と二人で登山旅行した時に旅館の二階で寝ていたら夜中に錫杖の音とホラ貝が聴こえた。びっくりして飛び起き、窓から外をのぞくと白装束の修験者が数十人、錫杖鳴らし、松明持って、真言唱えながら急な石段を駆け登って行くのが見えた。すると横で寝ていた母がひどく切羽詰まった声で『見ちゃダメ』と私を叱責した。『寝なさい』と潜めた声で言われて何だか恐ろしくなり、布団に戻った。翌朝確認したら、母はホラ貝も錫杖も聴いてないし、『見ちゃダメ』と言った記憶もないと言うので、さらに恐ろしくなった。
 それから数十年経って150キロ離れた土地で母と二人暮らしするようになり、時々修験者の火渡りを一緒に見に行ったりしている。知り合いになった山伏さんに聞いてみると、昔、母と登った山は修験道の道場のひとつで、ちょうどその夜、数十年に一度の祀りか何かだったらしい。しかもその人のお父さんとか同僚(修験者でもそう呼ぶのか?)とかも参加して山道を駆け登ったらしい。不思議な縁だ。謎が解けてホッとしたと同時に、それが現実だとわかってちょっとがっかりしたのも事実だ。どうやらそういう山駆け修行というのは、全国あちこちの山で行われているようで、メジャーな道場では年中行事になっているらしい。昔、母と登った山はその行事が長年廃れていたのを、あの年に復元したとかそういう話。いずれにしろ貴重な体験である。
 当時の私の感覚で言えば、山伏の修行している知り合いが(複数)いて、そこの行事で時々笛吹いたりしている今の私の生活の方が非現実的だと思う。人生、何があるかわからないよね。

 山で起こった不思議な体験と言えば、学生時代に登山やる数人で酒飲みながらそういう話をしていた時のこと。屋久島の小屋に泊まっていたら、夜に雨の(まあ屋久島はたいていいつも雨)森の中から笛が聴こえて来て恐ろしかった、と語った友人がいた。日付や状況をよく確認したところ、どうやら彼が数年不思議な体験として記憶していた笛の主は私であった。当時、私は別の学校にいて、別の友人と屋久島に登っていて、たまたまその夜、笛を吹いた。数年後、たまたまどちらの故郷からも等間隔ぐらいに離れた土地の研究室で出会って、その謎が解けた。

 人生、長生きしてみるもんである。そしてこのくらいの偶然は、けっこうあるもんなんである。とりあえず私の人生、あと一、二回、こういう愉快なことがあるんじゃないかと期待している。『え、山で笛なんか吹かないよね、フツウ』とか『え、ホラ貝なんかその辺で聞かないよね、フツウ』とか言われる日常感覚で言うと、十分フツウじゃない非日常生活を送っているのは幸運である。


母上のサバイバル

2019/09/27 18:04
 いよいよ母上はオーブンレンジで冷凍ご飯を解凍する、という芸当が不可能になった模様。今日は日中バナナだけでサバイバル。図解入り説明書を大きな文字で手書きし、さらにレンジにも解説をワンポイントでビニテに書いてボタンの横に貼っているのだが『よくわからないから触らない』ことにしたらしい。
 来週また二泊三日留守にするのだが大丈夫だろうか。選択肢がどんどん無くなって行く。人に来てもらうのはイヤがるし、宅配弁当はインターフォンの仕組みが分からないから受けとれないし。まだガスは使えるので、大鍋にまた豚汁とかシチュー三日分作っておいて、炊飯器にご飯炊いておく。豚汁を温め、室温のご飯を炊飯器からよそって食べる。昼食はマーガリン入りロールパンを買っておく。それとリンゴ、バナナ、黒糖かりんとう、おせんべい。これで餓死せず生き延びてくれるかな。

 嗚呼でも心配だ。出張などの時は毎晩電話して安否確認するのだが、先週は私の通話を受けようとして、受話器を"おく"赤いボタンを押してしまい、私が何度かけても切ってしまう。困った母上は"おく"ボタンを長押ししてケータイの電源を切ってしまった。それでも翌日デイサービスに自力で行けたので、デイサービスの職員さんに頼んで母上のケータイを起動してもらい、通話を受けとるのは赤いボタンでなく緑のボタンだ、と説明してもらって、その夜は無事、安否確認できた。やれやれ。
 母上がイヤがって、『ひとりでできるもん』とゴネても、そのうちヘルパーさんを頼むしかなくなるだろう。母上は要支援で要介護レベルではないので、ヘルパーさんには支給されない。自費である。

 それでも米寿という年齢を考えれば、うちの母上は奇跡的に元気なのである。ひとりで起きて着替えて顔洗って、ちゃんと鍵かけて家を出て、お迎えのバスに間に合うよう玄関に出て待っておくことができる。たいしたものである。徘徊も無ければ虚言もない。詐欺にも引っかからない。トイレも風呂もひとりで大丈夫。

 明日また母上のケアマネージャーさんが家庭訪問にいらっしゃる。これから3ヶ月の介護計画を立てるわけだ。もし私が毎回同席して認知症による生活のいろんな支障を報告せず、母上ひとりでケアマネージャーさんに面談したとしたら、母上は戦前生まれの意地と見栄で、"大丈夫。何も問題ない"と言うだろう。片足で十秒立てるという身体能力を持って、母上は自立可能と認定され、ひとりで買い物にも行けず、冷凍ご飯を解凍できずジャリジャリ言わせながらかじっていても、インターフォンに対応して宅配食を受けとれなくても、介護を打ち切られ、デイサービスも受けず、ひとりで栄養失調症になったと思う。

 実際にそういう高齢者はたくさんいらっしゃるのではと容易に想像できる。介護保険料は払いつつ、その恩恵は一切受けず、高額医療費に対する手当ても申請せず、というかそんな制度さえ知らず、バスを3回乗り換えて遠い病院に通い、生活費に事欠き、いっそ死にたいと訴える。
 具体的にそんな人を知っている。補助する身内がおらず、近所からも孤立し、夫婦で老々介護しながら何とかしのいでいたのが、配偶者に先立たれて生きる気力を失った人を知っている。友人がその人と縁があって、かなりの時間と労力をかけて介入してその地域の介護を受けられるよう掛け合って、施設で医療ケアを受けられるところまで持って行った。もしあの時点で友人が、半ば強引に説得してケアマネージャーや行政に訴えなければ、その方は数ヶ月以内に確実に亡くなっていたと思う。それでもその方は杖をつきながらバスに乗って1時間半かけて病院に行ける身体能力によって、本人が請求しない限り"自立可能"とされてしまうのだ。

 今後さらに介護認定は厳しくなる。高齢者の割合は増えるばかり。その方のように、介護保険料だけ払って介護サービスを受けずに孤立して亡くなる高齢者は、行政にとってさぞや便利な存在だろう。長生きなんかしたくない、死んだ方がマシだ、と思う高齢者が増えて、そのうち安楽死が合法化される。いったいどんなディストピア。
 私も老後、サポートしてくれる身内なぞいない。母上を見送って兄を見送って、年金を5年ばかり受け取ったら、自分が自分だとわかるうちにさっさと死にたい、としか思えない。どんな自殺の仕方をすれば、わずかばかりの資産を望む寄付先に残して死ねるか、そんなことを考える日々である。
 墓を残しても無縁仏になるだけだ。安楽死して献体して、医学部が学生の教材になる。それでいい。

 大国で余ったトウモロコシや欠陥品の戦闘機を買うお金があっても、豪勢な花見をするお金があっても、被災地を復旧する予算はなく、年金や高齢者介護に充てる金はない我が国で、働き盛りなはずの40代、50代はちょっと不運だったら仕事にも就けず、仕事があっても老後に不安しかない。ただ老後の貯金するためだけにしんどい思いして働くぐらいなら、死んだ方がマシと考える人が増えても当然だろう。それでも多分、この国の政治は変わらないんだろうなと思う。結局のところ、この体制で得する人々が政財界を握っている限り変わらない。この体制に何の恩恵も受けておらずカツカツの生活をしているはずなのに、自分は落ちこぼれてなぞいない、自分は多数派だと信じたいがために、盲目的にこの体制を支持している限り変わらない。

 ディストピアはもはやSFではないのだ。地獄はここにある。


私がトランス差別に反対するわけ

2019/09/27 17:56

私はシス女性でマジョリティです。現在主にトランス女性の排除や差別を推進している属性として、責任を感じています。


 偽善的とかお花畑という批判も受けました。自分は性別の違和感こそ無いが、シス女性として隅っこでみそっかすで規格外品だと感じて育ち、ずっとしんどかった。現在のジェンダー観はマジョリティにとっても窮屈で抑圧的。多様性を許さない。その社会に恩恵を被ってる人もいるでしょう。あるいはその社会に抑圧されて苦しいから、マイノリティより自分達への救済を優先しろと主張する人もいるでしょう。自分はマジョリティだけど、現在の社会のジェンダー観から外れてて、抑圧されて排除されてたと実感しているので、トランス女性と連帯する方を選びました。


 もちろん私の受けた抑圧や排除は、トランスジェンダーの人達の受けているしんどさと比べるべくもないことは理解してるつもりです。とりあえず私はトイレやプールを利用する時、スカートめくって下半身確認するような目には遭わなかった。素っぴんで髪ボサボサで穴空いたジーンズによれよれディパック下げてても男に間違えられることはなかった。それでも理系の男社会で、孤立してハラスメント受けてしんどかった。こんなのおかしい。こんな枠組みぶっ壊したい。そんな了見で、トランス差別に反対です。


 これまで女性の権利のために闘って来たはずのフェミニストが、トランスを排除するために、女性を排除して来た男性の論法をトレースしたり、保守的な男女観をふりかざしたりする現状に、非常な不信感と危機感を覚えています。もしトランス女性の排除を達成したとして、次に排除されるのはシス女性です。


 そんな社会イヤだ。シス/トランスの枠でシス女性はマジョリティ。男性/女性では女性はマイノリティ。マイノリティを排除したら、次に排除されるのはその上の枠のマイノリティですよ。今、その抑圧に苦しんでるのに、なぜそんなことも想像できないんだろう。お花畑じゃないですよ。自分のためです。非常に利己的な、自分自身の問題として、トランス排除に反対です。


 それに私も性被害のトラウマに苦しんでいる。だから、自分だけ安全なシェルターにいて、トランスジェンダーを性加害を受けやすい環境に放り出すのは非人道的だと思う。そして、トランス排除する人々は、トランス当事者と同時に、トランス差別に反対する人間の性被害も無視し続けている。許せません。


 だって、明日は我が身ですよ? というか、すでに抑圧されて排除されててしんどいのに、いいの? 家父長制バリバリの保守的男性達と連帯してて、いいの? それ、ホントにフェミニズム?


 私は男女比10/1以下の職場で、排外主義で自己愛拡大した男性上司にハラスメントされ、ポストを追われ、上司からの妨害で離婚し、ゼロから立ち上がる過程でレイプされ、15年精神安定剤手放せず、二度入院し、今もまったく自己肯定感を持てません。保守的な男性中心の社会に、公私ともに人生をいっぺん破壊された。


 この個人的怨念の昇華のために、トランス排除に反対してます。利己的です。自分自身の人権回復運動です。こんな社会イヤだ。だから声を上げる。