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category墓守り娘日誌

まざーこんぷれっくす

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 いい年して親のせいにするなんて情けない。
 私はもう高校生やもしかしたら大学生の親になっててもおかしくない年なのだ。

 それでもいくらでも母親に対する恨みごとが湧いてくる。
 本人には一度もぶつけたことのない感情だ。だから母は私がこんなにも怒りを貯め込んでいるなんて夢にも思わないだろう。

 自分さえ我慢して努力を続ければいつか認めてもらえる。
 そう信じて、いくら理不尽な扱いを受けても自分のために怒るやり方を覚えなかった。
 というか、自分に怒る権利があるとさえ思ってなかった。

 私がそうなった責任の一端は母にあると思う。

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〔テーマ:ダメ人間日記ジャンル:日記

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母の冷蔵庫

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”桑の実見つからないの。何回も冷蔵庫の上から下まで探したのに”

 母は迷子の子供のように心細そうな表情をしている。自分の記憶に自信が持てないのだ。

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ダディ・コンプレックス

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 30代後半からずっと母と接するのがしんどかった。公私ともにいっぺんにいろいろあって堅実かつ勤勉に築いてきたはずの自分の人生があっさり足元から崩れてしまった時、つまり最早両親に自慢されない娘という境遇に陥った時から母と顔を合わせるのがつらくなったのだ。父とは別にそんなことはない。母とだけだ。

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コタツ布団にくるまって

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 コタツ布団生活第二夜め。
 昨夜、実家から母を連れて帰って来てみると気温3℃。今シーズン最低気温更新で平地で初雪の予想があった。ちなみに実家は出てくる時21℃。もはや別の国である。日照時間も1時間以上違う。

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母の冷蔵庫・後日譚

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日吉神社3

 正式に住民票を移して母と同居し始めて1年余。当初は家を改造して完全バリアフリーにしようかと意気込んでいたが、結局そのまんまの内装で、そのまんまのライフスタイルで思ったよりずっと気楽に暮らしている。
 父が亡くなって4年。その半年ほど前に軽い脳梗塞の発作を起こした母は最悪の状態で父を見送り、そのまま私のうちと実家を行ったり来たりしていた。いろいろなだめたりすかしたりして、半ば強引にこちらに連れて来てしまった。

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母とスリッパ

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 先にも書いたが、子供は与えられたものがすべてで疑問を持たない。自分の親を客観的に評価するのは自我が芽生えてからのことだ。いわゆる中二でなく、私は実際に中二で世界の見え方が変わってしまった。イジメがきっかけかなと思っていたが、考えてみると6歳ですでにイジメられていた。法事で生まれて初めて飛行機に乗って、雲の海の上に出たのがきっかけのような気がする。周囲に誰もいない場所で空を見上げて、意識を集中させて、”飛ぶ”練習をしたものだ。それはともかく、それまでも母が苦手だったが14歳でどうやら母は自分の味方じゃないらしいと気がついた。その認識は今も変わっていない。親に不満を持つのはそれだけ依存していて期待を持ち過ぎるから。つまり甘えているのである。でもま、親は一生親なのでしょうがない。
 で、母を自分の家に呼んで同居生活を始めて、初めて気づいたことがいろいろある。そういえば、うちは極端にお客が少ない家だった。子供の頃、公団の団地に住んでいて近所に同年代の子供がぼろぼろいた。主に男の子とばかり外でごろごろ遊んでいた。魚を採ったりクワガタ採ったりドングリ拾ったり秘密基地作ったり。友達の家に上がり込んで本を読んだりレコードを聞かせてもらったり。でも我が家に友達が来たことがほとんどない。玄関まで呼びに来ても、上がってもらったことは記憶にある限り子供時代に一度も無かった。高校生になって自分の部屋に友人を招き入れるようになって初めて、人を呼べるようになった。トイレを貸すことはあっても、居間や台所に人を入れたことがない。そこは母のテリトリーだったからだ。

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〔テーマ:ひとりごとのようなものジャンル:日記

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ゆりの首

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母の庭は家族の呪いであった。認知症が徐々に進みつつある母にもう確かめることはできないかもしれない。そうでなくても本当の気持ちはずっと聞くことができなかった。だからこれは私の想像に過ぎないかもしれない。母は花の手入れをしながら60年ずっと父への怒りを募らせていたのだ。

 私には5歳以降の写真がほとんどと言ってない。5歳までは厚いアルバム3冊に貼り切れないほど写真があるのに、ある時期を境にぱたっと家族の写真が無くなっている。弟は私が4歳の時に生まれたので、赤ちゃんの弟を私が抱っこしている写真はある。弟のお誕生アルバムもある。でも掴まり立ちしたりよちよち歩きしたり、一番可愛いはずの頃の写真があまりない。その後の写真は保育園や小学校の行事で撮られたものがポツポツあるだけ。つまり父が家族の写真を撮るのをやめたのである。その頃の母の年齢を数えてみると40歳。子供の私にはよくわかっていなかったが、その頃家族の”相”が何か変わってしまったのだと思う。

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ゆりの首を落とす代わりにこんなところで手を打とう

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 母に対するイライラは、『ゆりの首』を書いてからさっぱり消えた。こんな言い方しか出来ないのはイヤになるが、母が軽度の認知症になってくれて本当に良かった。まあ、でなければそもそも私と同居するなんて話にならなかっただろう。そして母が昔の通りなら私の方が3日ももたなかったと思う。身体能力的には介護認定が下りないぐらいの元気さなのだが、ちょうどいい塩梅のボケ具合なのだ。

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