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カメラ目線じゃない人物写真

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写真を熱心に撮り始めたのは大学に入ってからだ。
生物研究部だったので、もっぱら記録用に撮っていた。
父にもらったほとんど骨董品のような一眼レフにエクタクローム64を入れて、花の写真、樹の写真ばかり撮っていた。一時期、ニコノスVで水中写真も撮ったりしたけど、素潜りでは限界あるのであきらめた。

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だから山ほどある私のスライドフィルムにはほとんど人物が映っていない。
映っていてもそれは映したい対象の背景として、奥行きや大きさ、高さを感じさせる縮尺として、雰囲気を表現するためのオブジェとして、人物を配置しただけだ。
だから映っている人の目線がこっちにない。撮られた人は映っていることに気づかない、まるで盗撮のような写真ばかりなのである。

部活動でイベントの撮影係をよく引き受けたけど、それはもっぱら自分が写りたくないから。

自分の”作品”として意識的に人物写真を撮り始めたのは、友人たちと旅行に行ったときからだ。
”ピース写真”ではなくその風景の中にいる友人をさりげなく撮りたいと思うようになった。撮られていることを意識していない、その人の自然な表情を撮る名人になってきた。野生生物を撮影するように、存在を消してのびのび活動している対象の生態を捉える。

逆説のようだが、その頃から私も背景ではなく、自分も写真の一部になれるようになってきた。

IMG_5351sho.jpg

風景の中の自分を撮りたいと思うようになってきた。
イジメられっ子で人のことも自分のことも嫌いで、写真に写るのが大嫌いだった頃に比べると、いつの間にか友人がいっぱいできた。少しは自分のことも認められるようになった気がする。

IMG_3588sho.jpg


最近の私の写真は私に向かってピースしながらはじけるように笑いかける友人であふれている。
これまで何回も人生投げたくなって、今も全然というか、絶賛絶不調中だけど、自分はけっこう幸せなのかもしれない、と思う。






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〔テーマ:写真日記ジャンル:写真

 









        
 
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