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松山旅行二日め

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けっこう早く起きたのに、一日めの旅日記をアップしたりごそごそネットで遊んでたら宿を出たのは11時。
晴れているけど風が冷たい。
何だか妙に殺風景なお堀でしょぼくれた白鳥を激写。大街道辺りまで歩こうと思っていたが、寒くてくじけてしまった。路面電車に避難する。
一日バス路面電車乗り放題パス400円也を買ってみた。路面電車は均一150円なので3回乗れば元が取れる・・・・・・のだが結局、取れなかった。まあ、いいけど。

路面電車で道後温泉駅まで出る。

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ちょうど坊ちゃん列車が入って来たので撮りまくる。私がいた頃は、飾ってるだけだった。その後路面を走り出したけど、運賃1000円で人気がなかったらしい。今は300円らしい。
車両もレトロなデザインだが、車掌さんの制服もカッコいい。銀河鉄道999の車掌さん風だ。

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温泉駅は終点なので、坊ちゃん電車は方向転換しないといけない。車両の写真を撮っていると、車掌さんが方向転換させる曳き込み線路まで案内してくれた。何と手動なのだ。機関車部分と客車部分を切り離し、それぞれ向きを変えてつなぎ直す。すべて手作業。30分に1回、これをやるらしい。
でもこの作業風景がまた鉄ちゃんに喜ばれているらしい。私も喜んだけど。

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温泉駅向かいの喫茶ガレで昼ごはんを食べる。
実はJALの機内誌が松山のカフェ特集やってて、この店がトップで紹介されていた。朝昼兼用でビーフシチュー。しっかり辛くて美味しかった。
私の他にも、機内誌を見て寄ってみたお客がけっこういたらしい。写真で紹介されていたはちみつトーストは午前中で売り切れたようだ。

からくり時計だの足湯だの人力車だの、観光の目玉だけど住んでるときには縁のなかったものが今はかえって新鮮だ。卒業して15年、何となく今回は観光客気分。

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T子さんが自転車で出てきてくれたので、一緒にぽくぽく道後を散歩。そういえば彼女とは10年以上ぶりだと思う。でもT子さんのダンナの方とは仕事で年に1、2回顔を会わせるせいか、何となくブランクを感じない。
T子さんは一応私の教え子ってことになるんだけど、まだ教員なり立てで(今もないけど)先生の実感ない頃に一緒にわいわいお酒飲んだりして遊んでくれた子たちのひとりだ。

この日も何となく理系おたく女子な会話をしつつ、伊佐爾波(イサニワ)神社の石段をぜえぜえ言いながら上がった。算額の展示見たり、東北と四国の植生の違いだの、ノラ猫の生態だのガテン系なお仕事の話だの。まぶしいほど日が射しているのに空気が冷たくて、温泉の猥雑な空間が清潔に見える。

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道後本館の横に新しくジャコ天の店ができていた。松山在住のT子さんも食べたことないと言うので、一緒にタチウオ巻きを注文する。寒いときに外でほかほかしたものをはふはふ食べるのは最高だ。特にそれが揚げ立てのじゃこ天とタチウオ巻きだったりすると。

石手寺にでも行ってみようかーと道後公園を通り抜けることにした。
ほころび始めた梅とかミカンの木なんかに感動したり、緑色片岩の見事な露頭を激写したり、太ったシロハラを追いかけたりしてたらちっとも先に進めない。

そしたら、池の端に立ってたちっさなジイさまに呼び止められる。
「ホラ、人面魚」

人面魚というのは頭部に大き目の黒いブチがふたつついたコイだった。確かにシャレコウベに見えないこともない。しかも二代目らしい。模様が遺伝するものなのか?

池の端に立っていたちっさなジイ様は実は湯築城址の公式ボランティアガイドであった。
湯築城というのは、道後公園に室町時代にあった山城で、私が学生だった頃はずっと発掘調査中だった。
今は調査が済んで、資料館が出来、武家屋敷なども復元されていた。

ジイ様は最初ぽつぽつと池やお堀の説明をしていたのだが、だんだんボルテージが上がって本格的に語りに入ってしまった。室町時代の城の話なのに、源平の合戦から始まって五稜郭、江戸城落城まで続く歴史の一大絵巻がくりひろげられてしまった。でもちゃんと起承転結あってすごく面白い話だった。
だがとにかく寒かった。それに約束の時間が迫りつつあった。
でも一度スイッチが入ってしまったものは止められないのである。

道後温泉の建物を見ながら、これを2,3ヶ積み重ねたら”千と千尋”の湯屋だなあとか考えていた。山城の話を聞きながら、エボシ御前のタタラ場だあーとか思ってしまった私を許してください。

資料館で室町時代の柱接ぎ技術を学んでいるとき、T子さんのダンナ、Sさんから電話が入った。仕事が一段落して研究所を見学させてくれるとのこと。
ジイ様にお礼を言って道後公園を辞し、路面電車でお城方面に戻った。

Sさんはちょっとお疲れモード。そして研究所は圧倒されるぐらい豪華で立派で、最早うらやむ気持ちにもならないほどだった。スゴ過ぎて参考にもなりゃしない。予算規模が2ケタ以上違う。

”さ、そろそろ同窓会場行きましょうっか”とSさんに言われて”え、まだ早過ぎるよね、私いっぺん宿に帰る””え、そんな時間ありませんよ”
どうもかみ合わないと思ったら、17時半開始を7時半開始と間違えていたのである。
Sさんと合流してよかった。でなかったら、宿で仮眠して終わる頃会場に行くところだった。

会場まで歩きながら、Sさんがなぜ疲れているのかを聞いたところまではよく覚えている。
でも会場に入った後の記憶はあんまりない。

一次会は老舗旅館の結婚披露宴でもしそうな豪華な会場。二次会は五色そうめんの店。三次会は学生の頃、よく行ってたおでんの屋台。
だんだん人数減っていったけど、とにかくたくさんのメンツでわいわいしゃべったことは覚えている。

集まったメンバーの中で私が一番遠くから来たらしい。すごく珍しがられてとても歓迎された。
この年になるとそれぞれ苗字変わったり、苗字戻ったり、家族が増えたり減ったり、仕事が変わったりいろいろある。若い頃は同窓会なんて何が楽しいんだろうとか思っていたけど、今ならわかる。
いろんな意味で自分の居場所を確認するための儀式なんだな、きっと。
で、いろいろあるけど、自分はひとりじゃないって確認するために必要なのだ。

私もここんとこ、かれこれ10年ぐらい波乱万丈で不調続き。みんなに心配されていた。
ところがドッコイ生きている。
カッコ悪くても生きてればいいや。そしてまたみんなに会いに来よう。
みんなもそれまで元気でね。

というわけですっぴんの髪ボサボサで、宴の夜は終わりました。




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〔テーマ:ひとりごとのようなものジャンル:日記

 









        
 
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