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categoryブルー・サブマリン(そーうつ日記)

6月15日(水)の日記

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例によって徹夜で出発。
今回は荷造りで悩まなかったけど、家の掃除とネットブックの無線LAN設定と写真データのコピーで時間を食った。


月曜夜に家の電話が鳴った。ケータイからメールの着信音が聴こえていた。
でも例によって何となく億劫で、放っておいたのだ。
母はここ数年、絶対と言っていいぐらい自分から電話して来ることはない。
母の電話がプレッシャーになる、と私が抗議したためだ。母は相当ショックだったらしいが、本当なので仕方ない。
なので、父かな、とちょっと思った。
だけど確認しなかった。

火曜の昼過ぎになって、ようやく覚悟を決めてメールを見たら、父から何通も来ていた。
”緊急に連絡したいことがある”というのが月曜夜。”母さんが具合悪くなったので、病院に連れて行ったら手術することになった”というのが火曜の朝。”手術が早まって11時からになった”というのが2通目。”腸閉塞という診断で開腹手術したら、ガンが見つかった”というのが3通め。

慌てて電話した時には、もう手術が終わっていた。兄が仕事を休んで、父と一緒に付き添ったらしい。
私は1500キロ離れたところにいたとは言え、手術が終わるまでそんな事態になっているとは知りもしなかったわけだから、まったく親不孝な話だ。

結局、20センチぐらいお腹を切って、小腸大腸合わせて40センチぐらい切ったらしい。腸内にできていた腫瘍とリンパ節にできていた小さなガンは綺麗に取り除けたそうだ。年寄りなので、転移や増殖がゆっくりなのは幸いだった。

傷が大きいので、一か月ぐらいは入院しなくてはいけないらしい。
腸がつながってないので、当分、水も飲めない。点滴がすべて。

月曜の昼まで普通にご飯食べて、陶芸やって料理してたのが、いきなりオムツして点滴生活。寝返りどころか、腕を上げるのもままならない。
こっちもショックだが、当人が一番ショックだったようだ。

火曜の飛行機は、接続できる便が満席で、水曜の朝イチで飛んできた。
で、例によってその前夜が徹夜だったわけ。

急な話だったので、猫を預けることができず、餌をやりに来ていただけるよう頼んだのだが。
ということは、部屋に上がってもらえるように片づけておかないといけない。

貯めちゃってた皿や鍋を洗って、生ゴミをくくってベランダに出して、シンクを磨いて、観葉植物を置いてた棚を拭いて、床を掃いて、洗濯ものを多少見栄えのいいようにたたんで寄せて……とかやってるうちに、東の空が青くなってきた。

母が暇つぶしに、デジタルフレームで写真を見れるように、8GBのUSBメモリにこの1年の写真をせっせとコピペ。これもけっこう時間がかかった。
それと、父のブログを私が代筆しているので、ネットブックで父に見せてやろうと無線LANの設定。これには3時間ぐらいかかったかも。

ここんとこ3週連続で、『パイレーツ・オブ・カリビアン』放映してくれたので、3つ分の録画を見て、さらによくわからなかった三作目を見直すぐらいの時間、何やかやごそごそしていた。

それでも家庭菜園ゲームの手入れを全部して、リアルなプランターに水をやって、シャワーを浴びるとこまで、ちゃんと済まして来た。
国道が渋滞していたので、かなりあせったけど、空港でチケット買って、おみやげ買う余裕まであった。

(こういう風にバタバタぎりぎりでも、何となく間に合ってしまうので、ちっとも反省しないのである)

曇りだったので、どうせ窓から何も見えない。安心して機内ですこーんと寝ていた。
カバンのポケットにiPodを発見したので、ビル・エヴァンスを聞きながらぐーすか。

羽田空港で1時間の待ち合わせ。
ベーグル&ベーグルのスタンドがあったので、海老アホガドとスモークサーモンのベーグルサンドを買って昼ごはんにする。
緑の多いカフェで、ベーグルをもぐもぐやって、さらにネットブックを引っ張り出して無線LANの実験。

おお、つながるではないか。
買って半年になるんだけど、有線LANでしか使ってなかったので、今回、無線デビューである。
当たり前だが、有線にくらべて遅い。それに高くつく。

私の場合、旅先でしたいことってブログ書いて、ゲームの菜園や水槽を世話して、音楽を聴くぐらい。後は航空券の予約確認とか、気になったことをググるとか。だからわざわざネットブックを背負ってこなくても、スマートフォンで十分なのだ。かなり軽量コンパクトになったとはいえ、やっぱりPCは嵩張るもの。

でも本当はノートとペンがあれば、けっこう事足りてしまうのかもしれない。音楽は脳内再生すればいいし(気になった曲ばかりエンドレスで流してしまう危険性があるけど)。電気も要らないし、機内だろうが病院内だろうが使用可能。
単にノートに書いた文章を、ブログ用に打ち込むのが面倒というだけで、PCを背負ってきてしまうのである。あんまりコストパフォーマンス良くないな。


閑話休題。

病院に着いてみると、母は手術後の痛みに苦悶しているわ、寝不足と疲労でぐったりだわ、よろよろだった。
1年ぶりで会った母は、すごく小さく老け混んで見えて、ドキッとしてしまった。腹腔内に貯まる血と尿をチューブつないでサイホンでバッグに取り出しているのを見ると、弟が入院していた時のことを生々しく思い出してしまう。第一、母と弟は顔がそっくりなのだ。

お腹の内と外にでっかい傷跡があるので、寝返りもままならない。じっと同じ姿勢でいると腰やら背中やら痛くなるけど、身体の向きを変えるのはもっと痛い。

手を貸して無理に動かすと、それも痛いらしい。自力でベッドの手すりを握って、じわじわじわと身体をずらす。

そんな有様なのに、無暗に元気な若い看護師さんはスパルタだった。
”はい~。それじゃ、身体を起こしてベッドに座ってみましょうか~”と、さっさとリモコンでベッドをうぃ~んと動かし始める。
母は”あた、た、ひい、みゅう”と奇声を上げているけど、お構いなしに足を引っ張って座らせてしまった。

ところが座ってみると、傷が楽になったらしい。
呼吸もしやすいし、痛む腰も伸びたし、何と言っても表情がきりっとなった。
ベッドの中ではぼんやり老けて見えていたのが、私の覚えている母の顔になった。

私は少なからずホッとした。
年が年だけに、入院がきっかけでボケてしまうかも、と心配していたからだ。

高齢者ほど、術後に甘やかすと復帰が遅くなるらしい。
スパルタで、手術直後からリハビリを始めないといけないのだ。


5分ほどがんばって座っていたが、また横になるのに一戦あって、枕に頭を落ち着けた時にはぐったり。
痛み止めを打ってもらって、5分で爆睡してしまった。
薬って偉大だ。あれだけ苦悶していたのが、安眠できるのだ。ホスピスで頭がぼおっとなるからと痛み止めを断る患者もいるけど、四六時中、痛みと戦うのって拷問だ。薬の力を借りて休息しないと、どんどん体力が落ちてしまう。

これから一週間ぐらいが、がんばりどころ。
母上、ふんばれ!



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