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category墓守り娘日誌

まざーこんぷれっくす

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 いい年して親のせいにするなんて情けない。
 私はもう高校生やもしかしたら大学生の親になっててもおかしくない年なのだ。

 それでもいくらでも母親に対する恨みごとが湧いてくる。
 本人には一度もぶつけたことのない感情だ。だから母は私がこんなにも怒りを貯め込んでいるなんて夢にも思わないだろう。

 自分さえ我慢して努力を続ければいつか認めてもらえる。
 そう信じて、いくら理不尽な扱いを受けても自分のために怒るやり方を覚えなかった。
 というか、自分に怒る権利があるとさえ思ってなかった。

 私がそうなった責任の一端は母にあると思う。

 だから文章に吐き出してみようと思う。
 精神科医は患者の話し方で薬の処方を決めるだけだし、カウンセラーは基本聞くだけで聞き流し。

 それに私は別に”解答”が欲しいわけじゃない。

 ウツの気のせいだと自分に言い聞かせてみたけど、キズがついたレコードみたいに何度もここに戻ってきてしまう。
 だから吐き出してスッキリしよう。
 今までそうして来たみたいに。
 自分でも解決できないゴチャゴチャを他人にぶつけないうちに。

 母が自分でも気付かない負の感情を私にぶつけていたように。




 残念ながら自分の中の冷静な分析魔が、言いっ放しにさせてくれない。
 怒りをブチ撒けてスッキリしたいと思っても、自分ですぐツッコミを入れてまあまあとなだめに入る。

 だから今回も私の中の委員長が何か前向きな処方箋を見つけてくれるだろう。



 物心がつく前はどうだったか知らないが、5歳になる頃にはハッキリと母は自分の味方じゃないと認識していた。別にご飯を抜かれるとか体罰を受けるわけじゃないけど、自分は母にとって敵陣にいるのだと感じていた。

 どういうわけか、可哀想なのは母で、私の方が加害者だという罪悪感を持たされていた。

 というのは、母は父に対する愚痴も批判も全部私にぶつけた上に、”あんたはお父さん似だから”と結ぶのである。兄と弟は母親似、私は父親似。別にそう頼んでこうなったわけじゃないし、母が言うほど兄と弟が母だけに似ていたわけじゃないと思うのだが、母の中ではそうだった。
 つまり母の中では、兄と弟は自分の味方だが、私は初めから裏切り者だったのだ。

 私はどちらかというと、父と話が合うし、父といる方が気楽だったのだけど、”母が可哀想”なので父と仲良くしないようにしていた。

 いい成績取っても、音楽が得意でも、駅伝選手になろうと、それは秀才肌で運動神経のいい父に似ていることの証拠で、母を侮辱することになってしまうのだ。称賛を期待するより、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 自分の悩みを母に打ち明けたことなんかなかった。
 代わりに母の愚痴を聞かされて、”私の方が可哀想”自慢をされるか、”それはあんたが悪い。だからあんたは”と決めつけられるのがオチだからだ。
 一方、母はかたくなな私に苛立って、”心を開かせるために”とかスポ根教師のようなことを言って、わざとズケズケ踏み込むようになった。

 その上で、私の面倒をよく見てくれていた兄に対して、”あんたが甘やかすから、あの子の性根が弱くなるんだよ。心を鬼にしてビシビシ鍛えてやってよ”と何度となく命じるようになった。
 でもそれを、”私のためにそうしてくれているんだ”と信じて怒ったりしなかった。

 だってそう信じなくて、どうやって生きていける?

 学校でも徹底的にイジメられて居場所なんかなかった。
 いくら級友に理不尽な扱いを受けても、自分が悪いんだ、自分さえ努力すればいつか仲間に入れてもらえるんだ、と信じていた。
 成績上位だろうと生徒会やっていようと、自分に自信なんかこれっぽっちもなかった。

 いつか安心して座っていられる自分の場所が欲しい。椅子ひとつ分でいいから、座ってても怒られない場所が欲しい。
 それだけが将来への抱負だった。

 大学院に進んで初めて実家を出た。
 その5年間、信じられないほど伸び伸びして自信を取り戻すことができた。
 その頃、自分は母親に抑圧されているなんて思ってなかったから、単に故郷が都会過ぎてドン臭い自分には性に合わないのだろうぐらいに認識していた。

 働き出し結婚して、でもそれも2年かそこらで破綻した。
 全部、自分のせいだと思った。

 冷静に分析すると、自分は上司から典型的なモラル・ハラスメントを受けていたわけだが、もともと自分の存在に罪悪感を持っているので、今回も理不尽な扱いを受けても自分の努力や実力がないせいだ、とますます自分を追い込んだ。

 自分で自分の味方になってやれなかった。


 いやゆるウツ症状が出て投薬治療を受ける羽目になったのだが、誤診で間違った薬を飲み続けたせいで悪化。10年以上苦しむことになった。
 仕事上でも人生の暦で言っても、もう取り戻せないブランクである。

 療養期間、実家に帰ることを勧められたが、想像するだけでぞっとした。
 頭の中で母が鬼の首を取ったように”ほら。だから言ったでしょう。あんたは欠陥品なのよ”と言う映像が繰り返し流れる。
 私の世話をしに、母がやってくると全身じんましんが出る。

 それでも、私は一度も母に”あなたのせいで私はずっと傷ついていたんだ”と言えなかった。


 半年前に母が大きな手術をして、一時期命を危ぶまれる事態になった。

 そんな弱った母を、私は許すことができない。
 言葉に出してぶつける代わりに、心の中で呪詛を唱えるのをやめることができない。

 そうして、そんな自分自身に落胆し続けている。


 もし友人が同じような悩みを打ち明けたら、「お母さんは、あなたに八つ当たりすることで自分の中の不満やコンプレックスを解消してただけよ。あなたのせいじゃないし、あなたは怒っていいのよ。そしていい加減、そんな呪縛から自由になって自分自身を愛しなさい」とアドバイスするだろう。

 でもわかっていても、そう簡単に実践できないのが心の面倒なところだ。

 というわけで、この不毛な精神分析はもうしばらく続くことになりそうだ。



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〔テーマ:ダメ人間日記ジャンル:日記

 









        
 
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