categoryブルー・サブマリン(そーうつ日記)

いつの間にか冬になっていた

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 11月最後の日曜日。
 何となく寝損なって7時に寝床を抜け出した。このところジジ猫の具合が気になって夜中に何度か目を覚ますのだが、おおむね寝つきはいいし二度寝もできていたんだが、昨夜はなかなか眠気がこなかった。
 数日ぶりにたくさんの人の輪の中で過ごして興奮気味だったのかもしれない。差し入れの料理の準備をしなくてはならず、そのためにはシンクに貯め放題の食器を洗わなくてはならなかった。猫のために朝夕3枚ずつ、一日6枚を消費するとはいえ、30枚以上ある猫用小皿を使い果たしてさらにお椀6個にご飯茶碗まで動員しなければならず、しかも鍋も3つ汚れたままシンクに浸かっていて自分の料理にも困窮するありさま。日中暖房をつけて、つけてなくてもまず15℃より室温が下がらないのでそろそろ悪臭もし始めている。自分でもさすがにげんなりする。
 しかし大量の洗いものを前になかなか手をつける気にならない。夕方の集まりの前にシャワーも浴びなくてはいけない。これも億劫。いっそサボってしまおうかとも思ったが、料理持ち寄りについて話を盛り上げた一団のひとりが自分だ。ここでサボったらかなりの裏切りである。自分はこの手のドタキャンの名人で、すでにいろんな場所で信用を失っていた。
 とにかく最初に約束していた下ごしらえを免除してもらい、というか私がギリギリまで連絡しなかったので他の人がやってくれ、本当にギリギリにシャワーを浴び、大慌てで料理してタッパーに詰め込んで会場に駆け込んだ。億劫だったが行けばいつも楽しいのである、億劫でぐずぐずしていたことなぞさっぱり忘れて朗らかに笑ってしまう。特に努力しなくても場を盛り上げる合いの手を入れられる。
 集まりが終わって家に入る前に、何となくさっぱりしたくてブラックの缶コーヒーを買った。そのせいか。あるいはアルコールのせいか。といっても、この集会は主催者が一滴も飲まない人なのもあって、いつも私の好きな銘柄のビールや日本酒の類がなく、発泡酒か焼酎だ。だからムリして飲むつもりで車を置いてくる必要は無いのだが、乾杯のために今回も友人に迎えに来てもらってしまった。摂取したアルコールは発泡酒350mlのみ。それでも楽しかったから不満はない。あとはペットボトルのカルピスや緑茶を飲んでいた。通ぶるつもりはないけど、私は酔っぱらいたいわけじゃなくて美味しいお酒が飲みたいだけなので好きなお酒が無ければわざわざ飲まなくていい。
 とにかく集会で交感神経活発化したせいか、アルコールのせいか缶コーヒーのカフェインのせいかなかなか寝付けず2時過ぎに布団に入ったが5時に目が覚めて、灯りをつけてベッドでベルハルト・シュリンクの文庫本を半分読み直し7時に起き出した。

 いつもだったら起きてもぐずぐずしてすぐに行動開始しないくせに、昨日の食器を洗い、米を洗い、とぎ汁をベランダの植物にかけ、ついでにアサガオの支柱を片付けて最後の種を取り、多肉植物の寄せ植えを冬越しのためにダンボールに入れた。

 9月初日に母が実家に帰って以来、米を炊いたのはたぶん2度め。前回は3合分芯の残ったべちゃべちゃのお粥になった。不調だった18年ものの炊飯器の蒸気調節弁がいよいよいかれたようだ。そしてその日のうちにホームセンターで炊飯器を新調した。それもたぶん1ヶ月以上前。ご飯と一緒に食べるために買って来た納豆や野沢菜の賞味期限が切れて、今朝ようやくご飯を炊く。

 夏の間3ヶ月、母と合宿している間勤勉に家事その他をこなしていた反動で、ひとりになった途端生活が荒んだ。料理をする気になれず、かといって外食する気にもなれず、そもそもひとりで食べても味がしない。スーパーの自社開発ブランドの安い袋ラーメンに豚コマと卵とチンゲン菜を入れて食べるならまだ上等。惣菜も弁当も飽き飽きだ。肌は荒れ放題。部屋も荒れ放題。母がいる間、毎日掃除機をかけ、ベランダに水撒きし、魚に餌をやり、朝晩猫トイレを丁寧に掃除して、どうかすると一日に2回でも洗濯機を回して家中の洗える限りの布ものを洗ってくれていたのが、本当にあっという間に荒んだ。洗濯ものも汚れた食器も貯め放題。それでも洗濯ものは仕事に行くのに困るし、全自動に放り込むだけなので何とかこなす。
 そんな風に丸3ヶ月。そして今日11月最後の日曜日。

 猫トイレの砂も総入れ替え。さあ、買いに行かねば。ご飯が炊けたら小分けにして冷凍。昨日はあまり野菜摂ってないから、小松菜と昨夜の茹で鳥の煮凝りでスープでも作ろうかな。もういい加減に掃除機かけないと。
 一人暮らしだと家事はすべて自分のためだ。まあ、うちには猫も3匹いるが、猫は掃除機キライだし部屋が散らかっていてもあまり気にしていない。と思う。家事をないがしろにするということは、自分をないがしろにするということだ。

 もういい加減いい大人なんだから、こんな男所帯にウジが湧くレベルの自堕落な生活をやめて、せめて定期的に米を炊くようにしよう。せめてもうちょっとマメに掃除機かけよう。洗濯物、ちゃんと引き出しにしまおう。せめて。

 大昔にほんの短い期間結婚していた頃に、当時の上司が男尊女卑な人、というより結婚生活に幻想を抱いている小男で、私の新婚生活にこまごま口を出して来た。
 今だったら、”プライベートです”、”それはセクハラです”、”none of your business”と言い返さないまでも、お腹の中でそう切り捨てて気に病まなかっただろう。(自分はファザコンでブラコンで、昭和ひとケタの母に刷り込まれたので、基本、男性に従順にふるまってしまうである。)でも当時は働き出したばかりだったし、その以前の上司といっぺん失敗して拾ってもらったような恩義を感じていたし、今度の上司がその前の上司以上にコンプレックスが強くてプライドを守ることに敏感になっているのを察していたので、必要以上に迎合していた。実際、日常の服装髪形、放課後や週末の過ごし方まで私を支配しようとする人だった。そしてちょっとでも私が意見がましいことを言うと不機嫌になるのだった。私が上司と、上司が紹介した人間以外に自由に交友関係を広げ、上司のよく知らない人や、上司が勝手に”敵側”と見なしている人と話すのを嫌っていた。後で何を話していたか内容を聞き出そうとした。まあ要するにケツの穴の小さい男だったのである。

 とにかくこの上司、私が結婚すると報告したら怒った。父でさえ、私が「殴らせろ」とまで言わなくてももうちょっと何か家長らしく威厳のある言葉があってしかるべきではと思うぐらいあっさり祝福してくれたのに、上司が大層不機嫌になられてしまった。
「私はご実家の父上からあなたをお預かりしている責任があるのですよ」とか言っていた。連れて来た彼にケチをつけ、私たちの生活にケチをつけ、後には私の頭越しに彼に電話したりしていたようだ。

 まあ、とにかくまだ腹の虫が治まらない、という感じで「私はあなたの結婚生活を守ろうと配慮しているのですよ」と言い始め、「結婚したからにはあなたはご主人のお世話をきちんとしなくては」と小姑か姑のようにネチネチ言い、しまいには「急に妊娠したとか言われるとこちらも仕事に差しさわりが出るので、いつ子供を作るつもりか、できれば半年以上前に申告してもらいたい」とまで言われた。
 今だったら「それはセクハラです」以下略。

 そんなこんなで、ひと月かふた月に一度、飛行機を乗り継いで”ご主人様の面倒を見るために”通うことになった。考えてみたら当時、どう考えても私の方が仕事の負荷が大きかった。彼の義務は1年に2週間のレクチャーのみでそれ以外は給料もらって自分の研究をして博士申請だけに集中することができた。私の方は、それまでの上司の仕事を全部連名に書き替えて、実質全部背負い込んだ。もちろん上司のネチネチチェック付きで、だ。特に人前でするパフォーマンスは必ず先に私にさせて、ダメ出しをするのが常であった。連日10時、11時、午前さまも徹夜もザラ。週末も無い。
 何とかやりくりして1泊2日か2泊3日で”ご主人様”のアパートに行き、台所の床を埋めている瓶缶類を分別し、掃除機をかけ、万年床を上げ、洗濯機を3回回し、料理を作り置きするということを続けた。”ダンナさま”は職場で夕食を簡単に食べた後、23時頃コンビニ袋を下げて帰宅し、ビールを飲みながら弁当を食べ、食べかけで寝落ちし、翌朝寝ぼけ眼でタバコを吸いつつ、万年床の横に置いたちゃぶ台でコーヒーを淹れて朝食代わりに飲んで出勤という生活だった。私が飛行機乗り継いで辿り着くと、私がいなかった日数分のコンビニ袋が弁当を取り出した形のまま床に積み重なり、食べかけの弁当やその蓋も床にあって掛布団や脱いだままの衣類や洗ったままその辺に積んでいた衣類に食べ物の汁が付着し、さらにちゃぶ台の上にコーヒー殻の入ったフィルターが積んであるものがしばしば土砂崩れを起こして床に落ちたのがまんべんなくまき散らされ、タバコの吸い殻も適度にカーペットになすりつけられて腐敗臭を中和していた。蓋を開けるだけですぐ食べられるようにと持ち込んだ常備菜やつくだ煮の類は手つかずで冷蔵庫に忘れられているか、一度出して食べたまま冷蔵庫に入れるのを忘れられ、しばしば蓋さえ開けっ放しで万年床の横の床に放置されていて複雑な香りを醸していた。
 ”ご主人様”は「特別な場合しか風呂に入らない」と宣言なさっている方で、私と会うことが「特別なこと」で無くなるとすぐ風呂に入って着替えるということを放棄した。さすがにヒゲは毎朝剃っていたようだが、とにかくヘインズの白いTシャツの上に綿シャツと秋冬にはジャケットを着て仕事に行き、帰って来たらシャツをその辺に脱ぎ捨ててTシャツで万年床に潜り込み、翌朝綿シャツを羽織り、という風に同じTシャツを1ヶ月第二の皮膚のように着続けて、しまいには白かったはずのヘインズがねずみ色になる。風呂に入らないので身体から出る汗その他の老廃物のために布団も人型に黒い。何だかじっとり湿っていて重い。もちろんそのアパートに住んで以来、一度も布団を干したことがなく布団乾燥機もない。掃除機は壊れたまま。床のカーペットは色とりどりの食物の染みや微生物のコロニーや煙草の吸殻にコーヒー殻でベトベトしたりザラザラしたりしている。そしてもちろん大量にゴキブリが住み着いている。玄関で靴を脱ぐのもためらわれる有様であった。結婚祝いに、と母が色違いで買ってくれた羊毛パッドは半年で彼の分だけ私のパッドの半分の厚さになり倍の重さになった。私のパッドは、毎回カバーに入れて押し入れに入れて死守していた。でないととても彼のアパートに泊まれない。使い捨ての寝袋が欲しい。キャンプ用の銀色マットの上で寝て、毎回そのマットを捨てて帰りたいほどだった。
 私は口うるさい女ではない。ファザコンでブラコンなので男の人にがみがみ言うのはためらわれる。相手が男女問わず頭ごなしに文句を言うのはイヤだ。そのぐらいならお腹の中で毒付きつつ自分で動く。とにかく自分が2日なり3日なり過ごす幾分かなりとも清潔なスペースを確保するために、毎度大掃除だった。休日はひたすら寝て過ごしたいご主人さまはそれが不満だった。彼の家について不満に感じるのは彼に対する愛が足りないからだそうだ。自分は1ヶ月キャンプでも平気だし、虫も毒が無ければほとんど触れる。だがあの部屋は野外のキャンプ場よりも不潔であった。
 
 どうして人間がここまで無精に不潔になれるのか信じられなかった。
 自分ひとりの空間ならともかく、とりあえずコンスタントに人の来る空間を粗末にして汚れ放題にするということは、つまり私のことも粗末にしていたわけである。

 もちろん公私に渡って私の生活は崩壊し身体を壊した。今まで書いたことは愚痴であり自己弁護に過ぎないが、10年以上前の話なので時効であろう。今更ながらすらすらとこれだけ鮮やかに当時の状況を描写できたことに驚いた。
 周囲の人の目にも明らかに私が体調を崩し、見かねて声をかけて来た人が「上司のハラスメントでは」と言ったせいで上司は全身ヤマアラシにして保身に走り、大々的に私を追い出すキャンペーンを始めたためにかえって事態が公になった。私は自分の窮状はすべて自分の実力不足努力不足のせい、生きててすみませんという心境だったので、とても自力でしかるべき機関に申し立てなぞできなかった。しかし上司は自分の訴えが受け入れられないのは、私の根回しのせいだと信じていた。
 「みんなあの人にダマされているんです。私は出るとことに出て戦いますよ」という段になって、上の方の人々は”こりゃダメだ”と私を異動して避難させた。私は自分を守るために戦うことなぞできなかった。
 しかし離婚については自分の意思を通した。その一点について、私は自分を誇りに思う。

 この愚痴の主旨は当時の悲惨な状況を再現して自己弁護することではない。
 つまり、どうしてここまで人は自分の生活を荒れ放題にできるのか、と呆れていた元”ご主人様”のアパートと、現在の私の部屋は大差ないのではないだろうか、という反省である。

 あの後、彼は新しい配偶者候補を見つけては両親に紹介するから、と約束して失敗するということを4、5回繰り返して、今も努力を続けているそうだ。風呂に入ってアパートに掃除機をかけているのだろうか。元義姉の報告によると、その配偶者候補はすべて高学歴女性で、つまり彼はずっとエリート志向の母上のお眼鏡に叶う結婚相手をひたすら探しているわけである。それはそれで気の毒な話だ、とか言うのは余計なお世話であろう。

 かく言う私も再婚していないどころか、まだ精神安定剤のお世話になっていて部屋は荒み切っている。どんぐりの背くらべである。
 せめて床で微生物がコロニーをつくったりゴキブリが繁殖したりしない程度には生活を立て直そう。
 
 という自戒がこのダラダラ続いたブログ記事の主旨である。












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