category書き句ケコ

恋愛小説家

trackback0  comment0
 思えば十代の頃から恋愛というものに懐疑的であった。突っ張ってバカにしていた部分もあったかもしれない。
 物心ついた頃から近所の男の子とか兄とか弟とかとコロコロ遊んでて、女子とはイマイチ会話が噛み合わなかったのだが、思春期に入るとそのどっちにも入れず、そのまま孤独な学生時代を過ごした。男女がどうこう言う前に集団生活に馴染めなかったんだと思う。イジメられたので恐怖感が先に立つ。できるだけ隅っこで目立たないように捕食者から隠れていた。ようやく安心して友人関係が築けるようになったのは少人数の研究室に配属されてからだ。
 そういうこともあって、男女の恋愛など面倒なだけだった。せっかく隠れてるのに、寄ってこられたら捕食者に見つかるじゃないか。努力が水の泡である。そもそも男も女も、何か理屈に合わないことを言い出したな、と思ったら恋愛絡みなのである。
 というわけで、高校生男女の誰がくっついたの別れたのとややこしい少女漫画とか、恋愛要素の強い映画にドラマ、小説には食指が動かなかったし、歌謡曲なんか恋愛が主題のものしかないから、好き好んで聴こうとか思わない。そんな殺伐とした気分で、生命力が一番充実していたはずの数十年を無駄に過ごした。まあ、他の人が恋愛に注ぎ込んでいるエネルギーを他に回していて、退屈する暇も寂しいと思う暇もなかったから、これはこれで充実していたと言える。

 高校の頃から友人数人と小説の同人誌を作ってパラパラ書いていたが、三十代になって猛烈に小説だの散文だの量産し始めた。書かないと頭にいろいろ溜まってパンクする。それこそ寝ずに書いた。
 そして同人誌仲間に指摘されるまで気付かなかった。自分の書いてるものがいわゆる恋愛小説と呼ばれる類とは。しかもベタベタ甘甘、ハーレクインも乙女ゲーも真っ青のご都合主義。ヒロインは三角四角に言い寄られ、ずっと君だけを見ていたんだとか、僕のものになってくれなくてもいいんだ君が幸せならとか、君のためなら死ねるとか。あれ、私そういう人間だったっけ? 自覚して見ると、スイートな歌謡曲にも感情移入できるようになってしまった。
 生物は足りないものを補う欲求を持つものだ。脱水症状なら水を飲みたくなるし、カルシウム不足なら牛乳。血糖値が下がればチョコレートやアイス。では恋愛小説を書きたくなるのは、何が足りてないのだろう?

スポンサーサイト
 









        
 
http://hadukipiper.blog42.fc2.com/tb.php/222-8fcdfa37