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category墓守り娘日誌

ゆりの首を落とす代わりにこんなところで手を打とう

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 母に対するイライラは、『ゆりの首』を書いてからさっぱり消えた。こんな言い方しか出来ないのはイヤになるが、母が軽度の認知症になってくれて本当に良かった。まあ、でなければそもそも私と同居するなんて話にならなかっただろう。そして母が昔の通りなら私の方が3日ももたなかったと思う。身体能力的には介護認定が下りないぐらいの元気さなのだが、ちょうどいい塩梅のボケ具合なのだ。
  日中ひとりでパンをトーストして食べておいてくれる。本を読んだりTV観たり、猫とうとうと昼寝したりして、隠居生活を満喫してくれている。朝食を食べたかどうか忘れるが、かなりの脅迫観念を持って三度三度食後の薬を飲んでいるので、薬袋を確認すれば食べたかわかる。メモに書いておけば、ご飯を炊いたり、洗濯したりしておいてくれる。簡単な掃除もできる。週二回のデイサービスも楽しそうに通っている。18歳の頃の記憶は鮮明だが、15分前の会話は忘れたりする。最近はあまり会わない兄弟の名前も取り違えたりする。財布の中のカード類を見ても、どれが健康保険証でどれが銀行のカードかわからない。ケータイ電話のかけ方をよく忘れる。それでも徘徊は無いし、虚言も無い。癇癪も起こさず、自分の痴呆や今の状況を受け入れて、機嫌よく過ごしているように見える。少なくとも私の目からはそう見える。 
 あの時、母には選択の余地が無かった。一番自分に優しくて将来有望で頼りにしていた次男を失い、配偶者に先立たれ、一番好きな長男には迷惑をかけたくない。住み慣れた自分の家を捨てて、扱いにくくて自分に当たりのキツイ娘の世話になるしかなかった。でないと、当時本人が繰り返し言っていたように、一、二年で死んでたと思う。あるいは兄の生活が破綻していたか。娘とうまくやっていくために、言わば適応として、母は子供になったのかもしれない。最初はもらわれっ子のように、自分はいない方がいいんじゃないか、ここにいていいのか、イジケていたし依存心高かったし、面倒くさかった。5年経ってやっと観念して、安心することにしたようである。 
 そして私はというと、これまでの人生で感じたことがないぐらい解放されている。初めて自分をそのまま許容できる気持ちになった。自分の給料でローン払って買った家は、もはやほとんど母の家だが、母が遅く起きて早く寝てくれるので放課後に好きなTV 観たり間食したりしている。服や本など好き勝手買い難くなったが、通販使ったりこっそり部屋に置いたりして誤魔化す。認知症の母親を煙にまくのは簡単だ。(とはいえ、ストレス解消の買い物が激減した。外飲みも晩酌も減った。放蕩はやっぱり親のいないところでやるものらしい) ようやくここを自分の場所だと認識したのか、以前より私を自由にさせてくれるようになった。相変わらず月に2、3度ドライブや温泉に連れ出して120%の 接待をしている。新婚の専業主婦の奥さんが、家でひとりで煮詰まらないようにサービスする旦那さんみたいだなあ、と思う。だが母が機嫌よく暮らしてくれていると、私も平和である。私がいろいろ棚に上げた手前勝手な愚痴や自慢を言っても、小賢しく突っ込み入れたりしない。半分わかってないのでふんふん聞いてくれる。そして私の締めくくりの言葉を、まるで自分が考えついたようにオウム返しに繰り返す。今日は寒いねえ。早く帰れると思う。夜は買い物に行こう。シンプルな会話で自律神経も調子がいい。外食が減ったし、工夫して自炊するので経済的で体調もいい。体重が減った。10歳児ぐらいの精神年齢で家事をしてくれる、いつも機嫌がいい3匹めの猫のように、私は母の世話をしている。 
 物心ついてから、母親を味方だと思ったことがない。反抗期も無かった。兄や弟と同じように部活に励んでガミガミ言われなくても勉強していい成績取って、それなのに自分だけが認められない理由は、私が母と同じ女である、ということしか思い付かなかった。一度も心情的に母を母親として甘えられないまま、今私は母の母親役をやっている。そして初めて母に認められ許されて幸福である。そんな自分が時々不憫な気もするが仕方ない。私が母といて居心地悪くて生き辛かったように、私がいなくて兄と弟だけなら母はもっと早く自分の人生を受け入れられたかもしれないのだ。父のお気に入りの私がいなければ、もっと簡単に父を悪者にして徒党を組めたはずである。女だから家事をするのは仕方ない。女だからパートか内職しかできなくて仕方ない。女だから子供のために犠牲になるのは仕方ない。そうあきらめをつけながら、同じ女なのに男兄弟と同じように好き勝手生きている娘を、どんな気持ちで見つけていたんだろう。まあ、こんなことは私の想像に過ぎないが。
 今では母は自分の書いた日記を読んで理解できず、自分のことと思えないらしい。大好きだった花の名前もひとつも思い出せない。ひとりでふらりと散歩に出ることも出来ない。イジワルな娘に飼い殺しにされて、まるでロボトミー処理された患者のように幸福そうに微笑んでいる。母は自分の人生に満足しているのだろうか。子供を4人も生んだのに2人失って、残った2人は独身で孫のひとりもいない。将来面倒見る人間もいなくなるから、先祖代々の墓は解体するしかなかった。まあ、それでも2人とも配偶者も子供もいないので、経済的にも時間的にも余裕がある。余力を自分の趣味と母親の介護に回せる。遺産争いしなくても困らない。平和である。だから結局これで良かったのかもしれない。なるようになるし、なるようにしかならない。母と兄と私にとって、これがちょうど似合いの人生だったと思おう。
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