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categoryアンチ・プリンセス・ファンタジー

『ラプンツェルの反逆』

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 蛇足は承知の最終章。
 結局、何のオチもつかなかった。


 === === === === === === === === === === === === ===



 分厚いガラスの向こうに海が広がっている。日本海しか知らなかった。黒潮の海はもっと明るいのだと思っていたのだが。深い青。力強い海流で世界とつながっている懐の大きな海。命を育む海藻の森。なのに、私たちは無言でこの暗い空間に閉じ込められていた。湿った匂いのするむっと生暖かい塔の中から、海藻の間を優雅に行き来する魚を見つめていた。


「海中展望台?」
「ハナさん、そういうの好きでしょ。せっかくサンゴのある海に行くんやし。ダイビングにはまだ早いし」
 緑川が提案する旅行のプランをぼんやり聞いていた。何でもいい。どこでも構わない。本当は旅行なんかより、ちゃんと話たかった。でも2人でいても何の言葉も出てこない。何を聞くこともできない。


 あの夜、青沼ゆりなと会ったと言うと、緑川はさっと顔色を変えた。
「ハナさん、何もされませんでしたか? 何か言われました?」
「話をしただけ」
「ほうですか、ちょっと待ってください」
 すぐに数件、緑川は電話をかけ始めた。
「ええ、今日。僕の同僚を呼び出して話をしたそうです。ええ。おそらく今夜はまだ、この市にいると思いますが……。ええ、わかりました。そちらはよろしくお願いします」

「今のは……?」
「弁護士と警察。それから青沼の父親です」
「弁護士……?」
「青沼ゆりなには禁止令が出とるんです」
 緑川が珍しく固い表情で言う。
「禁止……令……?」
「接近禁止令。俺に会うことは許されんから、ハナさんに会ったんや」
「ストーカー……ってこと? でもあなたの後輩だったんでしょ?」
「ええ。最初は普通の子やと思ってました。頭の回転が早いし、熱心やし。ほやけど、だんだん……何かおかしゅうなってきて……しまいに俺のアパートの隣の部屋に住んでたOLさんを俺の彼女やと思い込んで嫌がらせしたり、俺の実家にもヘンな電話をするようになってきよって」
「嫌がらせって……?」
「無言電話やらFAXから始まって、職場に押しかけてわめき散らしたり、その人のポストに猫の死体を押し込んだり」
 頭痛がする。身体の震えが止まらない。
「結局、精神的な障害を持っているいう診断になって責任能力ないってことになったんどすわ。だから告訴やらはせんかったけど、俺にもそのOLさんにも近づかんようにって禁止令を取った」
「じゃあ、じゃあ……子供は……」
 緑川がため息をついた。
「ハナさんにもその話したんどすか。それもウソです。まあ、青沼にとっては真実なのかもしれませんけど。俺、ちゃんと病院に連れて行って、あっちの親も一緒に医師に説明してもらいました。ゆりなが妊娠した事実はありません。相手が誰だろうと」

 涙がぱたぱた落ち始めた。安心していいのか、がっかりしたのか、自分でもわからない。彼女に対する緑川の冷たい言動に傷ついてしまう自分がいた。
 緑川は黙って台所に立つと、お湯を沸かし始めた。慣れた手つきで湯飲みを並べて、お茶の用意をしている。
「顔色悪いでっせ。夕メシも食べてないでしょ。何か作りますか?」
 私は黙って首を振った。何も食べたくない。それどころか……。

 胃を引き絞られるような痛みを感じて、トイレに駆け込んだ。もともと大したものは入っていないから、胃液しか出ない。それでも嘔吐が止まらない。身体の震えと脂汗。フトン針でこめかみをつつかれるような激痛が走る。

 緑川は黙って私の背中をさすっていた。
「こんなとこに座り込んでたら、身体が冷えます。洗面器持って部屋に戻りましょ。何かお腹に入れた方がいいです。お白湯でもいいから」
 私は涙を流しながら、駄々っ子のように首を振った。
「とにかく、一晩中トイレにおるつもりどすか。ほら」
 緑川は強引に私を抱き上げて、ベッドに運んだ。ヘッドボートに寄りかからせて、毛布でぐるぐる巻きにする。
「ほら、洗面器はここ。タオルはここ。今、お白湯さん、持って来ますよって」
「いらない」
「口ん中、胃液で気持ち悪いでしょ。すすぐだけでも」
「いらない! 知らない! もう、構わないで!」
「ほしたら、もう寝なさい」
 私の両足をずずっと引っ張って、乱暴に布団に押し込んだ。
「汗だけは拭かんと。風邪ひきますよ」
 濡らしたタオルで顔を拭いてくれる。優しくされるほど、悲しくて情けなくて、泣きたくなってしまう。
「もういい。帰って。ここは私の部屋よ。帰って。当たり前のような顔してそこに座らないで」
「それは聞けません。病人を置いとけません。ほら、電気小さくしますから、大人しく寝なさい」
「知らない」

 緑川は勝手に押入れから毛布を出して、ソファに広げた。そうして電気を小さくすると、ごろっと横になった。
 2人で無言で横になっていた。私の泣く声だけが部屋に響く。

 がばっと緑川が起き上がったので、私はびくっとした。これまで2人で夜を過ごして、別のベッドで寝たことなどない。でも、こんな気持ちのまま抱かれたくない。
 緑川は私の机のスタンドを点けると、コンポにCDを入れて小さな音量でかけ始めた。ケルトの民俗音楽。やさしい素朴な旋律だった。そうして、またソファに戻る。私は涙が止まらなかった。


 翌朝、吐き気は止まっていたが、頭痛はひどかった。それでも室長と約束したので、研究所に行きたかった。
「あきません。熱が8度越しとる。今日は一日寝とってください」
「でも……」
「室長には俺から言っておきます」
「え、でも」
「大丈夫。これは俺の問題やから。鍋にお粥さん入ってますから。梅干はあきませんで。胃に悪い。おかかか漬物と食べるように」
 他にもあれこれ世話を焼いてから、緑川は部屋を出て行った。

 赤ん坊のように世話されるのは、くすぐったいがうれしかった。でも、私の病欠を緑川から話してもらうのは、ちょっと違う気がする。8時ちょっと前。もう室長は来ているはずだ。
「もしもし。すみません、ちょっと風邪をひいたようで。熱があるので、休ませていただきたいのですが」
「それはいけないね。大事になさい。必要なものなんかはある?」
「ええ、大丈夫です。すみません、せっかく昨日……室長に心配していただいたのに」
「いや、僕の責任でもある。緑川くんの事情はT教授に聞いていたのに。相手の名前を失念して君に取り次ぐなんて、まったくポカをやらかしたもんだ。申し訳ない」

 部屋の温度がさあっと下がった気がした。
 知っていた? 室長は青沼さんの名前を聞いていたのに、私に取り次いだ?

「いえ、あの……明日には出られると思います。ファンさん達への指示は緑川さんができると思いますし、学会の……」
「ああ、いいって。心配しないで。ちゃんと休みなさい。いいね。この季節の風邪はしつこいんだから」
「……ええ、ありがとうございます」

 電話を切っても、釈然としなかった。私は誰を信じるべきだろう。
 室長の言うように、単なるうっかりなんだろうか。それとも……。
 青沼さんは心の病なのか? 緑川との間に、何もなかったんだろうか? それとも……。
 昼間に自分のベッドで寝ているなんて、子供のとき風邪を引いて以来かもしれない。熱に浮かされながら、ぐるぐると考えが行ったり来たりする。
 私は……誰を信じたいの? こんなことで緑川を嫌いになれる? でも、何もなかったように、これからも一緒にいられる?



  結局、旅行まで何も片付かなかった。青沼さんのことも、私たち2人の間のことも。
 青沼さんがその後、私たちの前に現れることはなかった。後は警察と弁護士さんの仕事だ。
 緑川はそれから毎日、私のアパートに泊まった。一緒に夕飯を取って、ソファで寝る。ムリに触ろうとも、ムリに話そうともせずただ側にいる。そして、淡々と旅行の計画を詰めていった。

 私はもう、一緒に旅行に行きたいのかどうかわからなくなっていた。何のために一緒にいるのか。自分は緑川と一緒にいたいと思っているのか。
 青沼ゆりなの妊娠がウソなら、緑川はまるっきり無実だ。なのに何かが壊れてしまった。


 飛行場で借りたレンタカーで、海岸を走る。結婚式まで二泊三日の旅だ。もうずっと緑川の横で黙り込んでいるので、黙って2人でいる状態にも慣れてきた。私はもともと口数多い方ではないし、緑川もおしゃべりではない。しかし言葉が少ないと、きっかけも少ないのだ。
「ちょっと窓開けますか? 暑いでしょ」
「そうね」
「お茶のボトル、開けてもらえます?」
「はい。ホルダーに置いておくわ」
 必要最小限の会話だけ交わして、ぼんやり景色を見る。色鮮やかな生き生きとした風景。なのに私はどんよりとした目で、ただそれらを写すだけ。

 こんなことじゃだめだ。怖がっていたらだめだ。ちゃんと聴かなくちゃ。気持ちを押し込めたまま側にいることなんかできない。
 手さえ伸ばせば腕を組めるほど側にいながら、2人とも前を向いているという体勢に勇気を得て、私はつかえていた言葉を口に出した。
「あのね、緑川くん、研究室の頃、いつも彼女、いたでしょ?」
「ああ、そうですな」
「けっこう、入れ替わりが早かったわよね?」
「そうかもしれません」
「何人か同時進行していたこともあったんじゃない?」
「客観的に見ればそうやったかも」
 緑川は私の追及に否定しない。
「ガラス器具を洗っている私を見て、好きになってくれたといったわ。でも私を好きな間もずっと、付き合っている人がいたのよね?」
「まあ、そうです」
「ずっと好きだったと言っても、それはあなたの ”好き” のうちの何パーセントくらいだったのかしら」
 私は何て、意味のないことを聞いているのだろう。そんな数字、何の約束にもなりはしない。
「今、私たちは一緒にいる。私はあなたの恋人のつもりでいるけれど、あなたにとってはそれはほんの一部分で、他にも3人くらい、女の子に親切にする余力があるんじゃない?」
「俺だってハナさんの恋人のつもりですよ」
「本当に?」

 私は、車が動き出して初めて、まっすぐ緑川の方を見た。
「青沼さんの妊娠はウソだったとしても……彼女が妊娠を信じ込むような事実はあったのよね?」
「……彼女と、寝たかどうかを聞きたいんですか?」
「……そうよ」
「ええ、寝ました。そう長い間やないけど、俺はちゃんと青沼とつきあってました」
 
 あの晩以来、封じ込めていた涙が堰を切ったようにこぼれた。私は何が聞きたかったんだろう。何が悲しかったんだろう。
 私は声も出さずにタオルに顔を伏せて、かなり長い間、泣いていた。私は青沼さんに同情して泣いていたわけじゃない。ずっと自分のために泣いていたのだ。緑川を好きなのに、彼が他の女の子と一緒にいるのをただ見つめていた日々。言い出す勇気もなかった日々。今こうして2人でいるけれど、緑川を捕まえていられないという確信。いつか私も青沼さんのように、彼にとって忌むべき存在になってしまうのだ。みじめな顧みられない存在に。
 みじめな過去とみじめな未来。でも今は? 今もみじめなのだろうか? とりあえず、今は緑川は私の横にいて、ボックスティシューを差し出してくれている。

 緑川は、海岸沿いのちょっとした景勝地の駐車場に車を止めた。
「ここ、トイレがあるみたいでっせ。顔を洗ってきはったら?」
「あ、うん。そうね。ちょっと行って来る」
 私はタオルだけ持って、洗面所に向かった。ざばざばと水で流してタオルから顔を上げた私の顔は、鏡の中で思ったより元気だった。何だかすっきりした顔をしている。こんなことで水に流していいのだろうか? なかったことにしていいの?

 緑川は車の外に寄りかかって、大きなカモメにパンを投げていた。カモメは優雅に空中停止して、小さなパンを受け止めている。私を見つけて微笑んだその顔がまぶしくて、私も照れたように笑い返した。
「パン、投げますか?」
「ええ」
 無邪気にカモメにパンを投げながら、気持ちが大分ほぐれたような気がする。私はまた自然に笑えるようになっていた。でも、心のどこかに何か釈然としないものが残っている。

 
 海中展望台は灯台のような建物だった。海岸の自然歩道から岩礁の間を、その小さな塔までキャットウォークがつながっている。らせん階段を底まで下りると、窓にぐるりを囲まれた丸い部屋に出た。
 平日なので、他の人がいない。水圧を感じる暗い、天井の低い空間の中で、私たちは押し黙って海を見ていた。いろんな魚がおどけた顔でこちらをのぞく。緑川が時々、見つけた魚の名前をつぶやくけれど、すぐ湿った空気に吸い取られてしまう。
「あ、カゴカキダイですよ」
 緑川が私の好きな魚の名前を言った。
「え、どれ?」
「ほら、ここ」
 小さな丸い窓を、身体を寄せ合ったのぞく。
「まだ小さいのね」
「この季節ですからね。冬を越したところってとこかな」
 肩が触れ合った。緑川は、そっとかがんで顔を寄せると、私のくちびるに軽くキスをした。
 私は拒むことも応えることもせず、じっと緑川を見つめ返していた。

 ざりっと砂のような味がした。

 この苦い味が消えることはあるのだろうか? それとも気付かないフリをして、抱えていくしかないの? 小さなお社で夕日を見ながらキスした。あの時のような純粋な喜びは、二度と取り戻せないのだろうか。

緑川はズルい。でも私だってズルい。私はずっと笹原室長の気持ちを知っていた。そしてそのことに優越感を感じたり、時には甘えたりもしていた。礼儀正しく距離を取りつつ、安全な場所から室長の気持ちを弄んでいたのだ。そして室長だってズルい。みんなお相子なのだ。

「さ、行きましょう」
「ええ」


 
 その夜の宿で、緑川はひさしぶりに私の布団に入ってきた。
 私は抵抗しなかった。2人とも一言も話さずに、お互いを引き寄せあった。このわずかな間に彼になじんでしまっている自分に驚いた。そして、こんな苦い思いを抱えたまま、彼とひとつになれたことに驚いた。緑川は私を罰するように責め続けたが、私は生贄のように自分の身体を投げ出して、されるがままになっていた。でも負けた気はしなかった。むしろ彼に罠をしかけているような気分だった。待ち伏せして捕まえる。もう、逃がさない。


 私は塔で訪ねて来る男を待つ。私は自分で塔から出られない。ただ待つだけ。彼が来なくなったら、私はひとりぼっち。
 塔の下で彼が口笛を鳴らすと、私は長く編んだ髪を垂らす。その髪を掴んで彼が上がってくる。一夜を共にして、朝日が昇る前にまた彼は髪にぶら下がって帰っていく。

 彼はいつでも私を置き去りにできる。でも私だって彼の命を預かっている。いつしか私は窓辺にはさみを置くようになっていた。そして、いつも考える。私の髪にぶら下がっている彼を見ながら、今、ここでこの髪を切り落としたらどうなるだろう、と考える。もう少しで窓枠に手が届く、その瞬間に彼の目の前で、はさみでざくっと。にっこり微笑みながら。

 毎晩、彼を待っているのは、彼が恋しいからだろうか? それとも彼に復讐するためだろうか?


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〔テーマ:自作小説ジャンル:小説・文学

 
連休前にパソコンがいかれて、てんやわんやのデーター救出劇を演じている間に休みが終わっておりました。

このコメントは、新パソコンからです。

はなちん……。
久しぶりにユーミンを聴いています。歌詞に出てくる主人公は、おおむねこんな人ばっかりです。なんだ~e-456
ゆ、ゆーみん
ゆーみん、こんな感じだっけ……。
データ救出、お疲れ様です。
何だかすっきりしないので、もう一回くらい続くかも?
恋愛はつくづく理屈じゃないんだなぁ…って。
最初はハナの拒絶に少し違和感を感じて読み進めておりました。
過去くらい誰でもあるさ、許してやっておくんなさいって。
でも、最後まで読むと、ずれてしまった何かが理屈ではなく深いものなのだと納得させられました。

特別に愛されている自分に浸れたら…蜜月なんて所詮ひと時、気付かない振りをして溺れてしまった方が楽なのに。

ラプンツェルの反逆…タイトルもいいですね。
自分の長い髪を命綱に登って来る王子かぁ
…いつの頃からか傍らには、はさみか…
実はこれが童話の本当のオチなのよと、なんか、映画のラストの思わぬどんでん返しのようで…強烈に印象深いです。

いやいや、この先を是非。是非っ(鼻息)
タイトルがネタ切れ…
行き当たりばったりで書いているので、次のタイトル、どうしよう…。どう続けよう…。
ケロンパさん、いつも感想、ありがとうございます。
あらすじを書いたら1行で終りそうな小説ですが、内面は毎度どんでん返し。
もうちょっとがんばってみます。









        
 
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