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category鉱物図鑑

『秘密の花園 -ガーデン・クォーツー』 

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鉱物シリーズ、第三弾。
これは1000字ではありません。これは擬似ノン・フィクションではありません。
一応、ファンタジーの一種です。


 === === === === === === === === === === === === ===


  それは、例によって孫の能力を買いかぶり過ぎた祖母が引き受けてきた。祖母が絵手紙の教室で知り合ったご婦人のお嬢さんに僕がカウンセリングすることになったのだ。
 僕は確かに教育学部で障害児教育を専攻しているけれど、それは僕がその専門家だという意味ではない。専門家になるべく教育を受けている最中なのだ。しかも、その子は別に障害児というわけでもないらしかった。

「とにかく、ちゃんとして欲しいんです」
 母親は言い募った。
「普通のまともなちゃんとした女の子になって欲しいんです」
 そのくせ、どこら辺が ”まともじゃない” とその母親が思っているのだか、ちっとも要領を得ない。それで会ってみよう、ということになった。

 テルは中学二年生だった。
「どんな漢字を書くの?」
「輝く、でテルよ。センセイは?」
 センセイ? まあ、カウンセラーの先生の一種か。
「タカシだ。崇拝のスウでタカシ」
「ふうん」
 輝は疑わしい、という目で僕をじろじろ見た。
「で、タカシ先生は何を教えてくれるの?」
「さあ? 僕もよくわからないんだけど。君、わかる?」
「あきれた」
 輝はちょっと大げさにため息をつく。

 会って数分でわかった。この子は聡明だし、母親よりよっぽど話が通じそうだ。
「とにかく、何か教えてもらえば、先生はバイト代がもらえるんでしょ?」
「そういうこと。君、何が知りたい?」
 そこで輝は動きを止めた。かなり長い時間、じっとしているので僕が居心地悪くなったほどだ。輝は僕の方を見ているようで見ていなかった。宙をじっと見据えている。
「私が知りたいことでいいの?」
 輝は用心深く聞く。
「どういうこと?」
「お母さんが教えて欲しがってることでなくていいの?」
 僕は正直に言った。
「でも僕は、2時間話を聞いたけど、君のお母さんが君に何を教えて欲しがってるのかわからなかったんだ。だから、君の知りたいことでいいよ」
「ふうん」
 輝はまだ信用していないらしかった。

「まあ、いいさ。すぐには思いつかないかもしれない。学校の勉強はどう? わからないところはない?」
「わかるけど、面白くない」
 母親の話では、輝の成績は学年でもかなり上位の方らしい。
「そうか、じゃあ、どんなことが面白い?」
「面白いことなんか……ない」
 追求してみると、輝は学習塾の他に水泳と英会話を習っていて、学校での必修クラブは書道。課外クラブはボランティアということだった。
「忙しいね。好きなことする暇ないだろう。それとも、その習ってることのどれかが趣味なの」
「ううん。母さんが受験に良さそうなもの、って勝手に決めちゃったの。どれも退屈」
「好きな本を読む暇もなさそうだな」
「好きな本?」

 輝はきょとんとする。
「本、読まないの?」
「本、読むの?」
 よく聞いてみると、輝は教科書と参考書と読書感想文用の課題図書以外、読んだことがないらしい。これは由々しき問題だ。
「よし、決まった」
「何?」
「僕が君に教えることだよ。本の楽しみ方」
「楽しみ方?」
 輝はまだ疑わしそうだったが、僕は勝手に決めてしまった。こういう子は絶対本好きに決まっている。なのに本を読まないなんて人生のムダ遣いだ。

 僕は母親に、情操教育だの、読解力の向上による教科全般への効果だの、適当にぶち上げて毎週火曜の夕方2時間、輝の読書指導をすることで話をまとめた。
 そうして、自分の本棚をひっくり返して中学の頃、夢中になった本をひっぱり出した。スェーデンの少年探偵、フランスの冒険小説、中国の伝説、日本の怪談。いくらでも見せたい本が見つかった。要は僕は輝のことが気に入ってしまったのだ。あの無理解な母親から、輝を解放してやりたいという使命感に燃えていた。

 予想通り、輝は本に夢中になった。最初、一度に2冊ずつ貸していたのが5冊になった。すぐに僕の在庫はつきて、市民図書館で漁って来ることになった。そうすると、輝に貸す前に僕が読んでおかなければならない。そして、それはなかなか楽しい作業だった。

 本の内容や感想を話し合ううちに、輝の抱える状況がぽつぽつとわかってきた。
 輝はひとりっ子かと思ったら、3つ下に弟がいたそうだ。未熟児で生まれて重い小児喘息で苦しんだ末、小学校2年生で亡くなった。病弱な子供の看護で家庭全体が疲れ切って、その後1年もしないうちに両親は離婚。輝は母親に引き取られた。
 
 輝の母親が、”ちゃんとしている”ことにこだわるのはそのためなのだろう。子供が病死しても、シングル・マザーでも、この家は大丈夫、ちゃんとしている、と示したいのだと思う。誰かに。


「弟さん、何て名前だったの?」
「アキラ」
「どんな漢字を書くの?」
「本の章に、波3で ”彰” 」
「仲良かった?」
「……うん」
「亡くなったとき、悲しかった?」
「……うん」

 輝の表情が硬いのが気になった。もう少し、押してみることにした。
「泣いちゃった?」
 また動きが止まった。初めて会ったとき、僕が『何が知りたい』と聞いたときのように。あんまり長い間、じっと身体をこわばらせているので、僕までつらくなった。”もう、いいよ” と言いそうになった時、輝がぽつんと言った。
「泣けなかった」
 輝は笑いたいのか、泣きたいのかわからない、というようなあいまいな表情をしていた。
「それで、母さんは言ったの。『何て冷たい子だろう。おまえは彰が死んで喜んでるんだろう。これで何もかも独り占めできると思っているんだろう』って」
「そんな」
「そうなのかしら。先生、そう思う? 私、彰が死んで喜んでいたのかしら」
「まさか、そんなはずないよ」
 僕は思わず大きな声を出した。
「お母さんは、彰くんが死んでしまったのが悲しくて、悔しくて、誰かに八つ当たりしたかっただけだよ。一番弱い君に、それをぶつけただけだよ」
 輝はがたがた震えている。
「本当?」
「当たり前じゃないか。誰でもわかることだよ」
「私のせいじゃない?」
「何だって?」
 輝の顔は真っ青だった。
「彰が死んじゃったのは……私のせいじゃない?」
「もちろんだよ。君は彰が好きだったんだろ? 彰も君を好きだったんだろ?」
 両手のこぶしが白くなるほど握り締めて、輝は身体を震わせていた。
「君は彰が好きだった、そうだろ?」
「……うん」
 固まった白い顔のまま、輝は涙を流した。
「うん、うん……でも言えなかったの、泣けなかったの、私も悲しいって言えなかったの」
 母親の悲しみも悩みも引き受けて、自分の感情を凍結していた輝が、やっと今、自分のために泣いていた。僕は椅子にかかっていた大きなうさぎ模様のバスタオルを輝の上にばさっとかけて、泣き止むまでじっと傍にいた。輝はほとんど声をもらさなかった。ただ、ひっひっとしゃくり上げながら、ボタボタと涙を流していた。たった14歳の少女がこんな泣き方をするなんて。

 涙がようやく止まったとき、まだ声はしゃくっていたが、輝は赤い目で照れたようにちょっと笑った。僕は、バスタオルの上から輝の頭をわしわしとなでてやった。
「よかったな」
「うん」
 何がよかったのかうまく言えないけれど、とにかくよかった。輝はひとつ、山を越えた。輝と僕も。


 それ以来、授業は本の話と家族の話の半々、時には2時間全部、家族の話をすることもあった。父親のこと、母親のこと、弟のこと、祖父母のこと、近所の人のこと。
 母親は毎度、授業内容を知りたがるので、僕はその日講義で聞きかじってきたばかりの児童心理や精神医学の用語を並べて、ケムにまいた。

 僕は母親に腹を立てていた。親なのに、なぜ輝を守ってやらないんだ。なぜ輝を認めてやらないんだ。弟ばかりじゃなく、輝まで失っていいのか、と責め立てたかった。親なのに、なぜわからないのだ、と。
 でも、親だからわからないのかもしれない。親だから、自分の抱えた不条理を全部子供に押し付けて、子供に解決してもらおうと期待してしまうのかもしれない。親といっても、たかだか40年足らずしか生きていない人間なのだ。
 そうして、母親が僕に何を期待していたのか、ぼんやりわかっていた。母親は自分が輝に甘えていたのをわかっている。輝を十分ケアしなかったのをわかっている。そのことを自分で謝る代わりに、僕にフォローしてもらいたいのだろう。
 謝って、分かり合う。気持ちを伝えて認め合う。こんなシンプルなことが、何と難しいのだろう。



 その日、読んだのは中国の伝承説話だった。大きな水晶球の中に魚が泳いでいる話。水と一緒に水晶に閉じ込められた魚の話だった。
「こんな石、本当にあるの?」
「水入り水晶っていうのは本当にあるらしいよ。でも魚が入っているのはネット・オークションでも出てこないね」
 輝は久しぶりに、話していいものか、と言いよどむ様子を見せた。僕はノート・パソコンで鉱物の写真を見せながら、のんびり待った。
「じゃあ、庭入り水晶ってあるかしら」
「聞いたことないな」
 パソコンで検索してみると、本当にあった。庭園水晶、苔入り水晶とも呼ばれて、水晶のなかに他の鉱物の結晶が封じ込められて、庭園の風景のように見える石だ。
「へえ、面白い。見てみたいな」

「見せてあげる」
 思わぬ言葉に僕は驚いた。輝は服の中に隠していた首にかけたひもを引き出して、巾着袋から大き目の鶏の卵のような石を取り出した。
 ずっと懐に入れていたにしては、それはひやりと冷たかった。それは石を卵型に磨いたものらしい無色透明な水晶の中に、金色の針のような結晶、深緑の樹の繁みのように見える結晶、茶色のもやもやした塊などが入っていた。
「本当だ。庭みたいに見える」 
「彰が私にくれたの」
 僕はどきん、とした。輝のカウンセリングで、”彰” は重要なキーワードだ。
「遠足で科学博物館に行ったとき、おみやげに買ってきてくれたの。お母さんには内緒だよって言って。お年玉を全部、使ってしまったんですって。だから、お母さんに言ったらきっとしかられるからって」
「うん。これは、かなり高価なもののはずだよ」
 さっきざっと見たネットの知識で、僕は言った。
「”卵はね、この世で一番強い形なんだ。輝はここなら安全だよ” って言ったの」
 僕はちょっと言葉に詰まってしまった。彰は知っていたのだ。まだ9歳だったのに。病を抱えるものの鋭敏な神経で、輝がこの家の中で引き受けている荷の重さに気付いていたのだ。そして、姉を守ろうとした。
「この卵をくれて、1ヶ月もしないうちに死んじゃったの」
「じゃあ、この石が形見だね」
「うん」
 つまらないことを言ってしまった。何かもっと、輝の心に届く言葉はないものか。

「あのね、母さんはこの石を怖がっているの」
 輝は思い切って打ち明ける、という風に言葉を継いだ。
「この石のことを知らないのに?」
「うん。でも、私が何か隠していると知っているの。母さんはこの石が欲しいのかしら」
 まさか。いくら高価な石だろうと、亡き息子の形見だろうと、娘から取り上げたりすまい。僕は何と答えたものか、頭を悩ませた。
「私がこの石を大事にしているのは、いけないことなのかしら」
 確かに現実逃避かもしれないが、この子はもう十分に傷ついている。この子には休息が必要だ。
「僕はそう思わない。家族を失うのは大きなできごとだよ。そう簡単に忘れられるはずがない。時間がかかる」
「うん」
「この石は君の助けになると思うよ」
「助け? 彰を忘れるために?」
 輝は眉根を寄せた。
「違うよ。思い出すためにだよ」
 輝はさらに眉をしかめて、よくわからないという顔をする。
「今、君は彰のことを考えると悲しいだろ。でも楽しいこともいっぱいあったんじゃないか? 彰といろんなこと、一緒にしたんだろ?」
「うん」
「そのときの気持ちを思い出すのはいいことだと思うよ」
「うん」
 輝はうつむいていたが、声は落ち着いた響きを取り戻していた。だから、僕はうまくいったと思ってしまった。上手なアドバイスをできたと思っていた。僕はどうすべきだったんだろう。でも、どう考えても、そのときの輝から石を取り上げることなんてできるはずがなかった。


 次の火曜、輝の表情は暗かった。僕は図書館から借りてきた本を紹介したが、耳に入っていないようだ。僕はさりげない風を装って、本の話を続けていたが、とうとう聞いてみた。
「どうかしたの?」
「お母さん、再婚したいんですって」
 輝は吐き出すように言った。僕は一瞬、どう言っていいか困って、先に輝の考えを聞くことにした。
「その人に会った? どんな人だった」
 しばらく首を傾けて、眉根を寄せた後、ぽつっと言った。
「立派な人」
「立派な人」
 僕は鸚鵡返しにくりかえしてしまった。立派って何が立派なんだろう。体格が? 態度が? 肩書きが?
「母さんはその人のことを説明するのに、”ちゃんとした”って3回も言ったの。うちが ”ちゃんとする”ために、その人と結婚するみたい。そんなことしなくても、うちはちゃんとやってるのに」
 この年頃の女の子だと、新しい男親を生理的に嫌うこともあるかもしれない。僕は一応、フォローしてみた。
「お母さんは心配なんだよ」
「心配?」
「君のこととか、将来のこととか。女の人ひとりで、子供を育てていくのは大変だから」
「でも、これ以上、どう ”ちゃんと”すればいいの? 母さんのいう通り、塾も行ってる。クラブもやってる。成績もキープしてる。何が足りないの。何が不満なの。私にどう、変わって欲しいの」
 輝の声がだんだん大きくなってきた。パニックの気配を感じて、僕はちょっと怖気づいてしまった。それでますます、母親をフォローすることになってしまった。
「ちゃんとしてるよ。立派にやってる。でも、大変だろ? 君もお母さんも疲れてるだろう? お母さんはちょっと誰かに荷物を持ってもらって、ほっとしたいんだよ。大人だって疲れるし、不安になるんだから」
 輝はぎゅうっと眉をしかめて、駄々っ子のような顔をした。
「お母さん、ずるい。私、ずっとがんばってた。お母さんを困らせないように、わがまま言わないように、きちんとしてた。なのに、今頃、他の人に頼むの? じゃあ、私が今まで何のためにがんばってたの?」
 僕は、ウサギ模様のバスタオルをばさっと輝の頭にかけた。
「うん、わかった。でも、今、慌てて答えを出さなくていい」
「私、泣いてないよ!」
「わかってる。でも、ちょっとタオルの影で深呼吸しなさい」
「だって!」
「わかってる。輝はがんばってる。しっかりやってる。お母さんを助けてる。僕はちゃんと知ってるから」
 タオルの下で、輝が息を飲むのがわかった。
「君はずっとガマンしてた。彰のために、お母さんのために。でも、お母さんもガマンしてたんだよ」
「ずるい!」
 輝の声がわななくのがわかった。
「うん。でも、君には僕がいるだろう? でも、お母さんにはセンセイがいないんだよ」
 輝が大きく息を吸った。
「お母さんも、誰かに話を聞いて欲しかったんじゃないのかな」
 頭を垂れて、輝は何度も深く息を吸ったり吐いたりしていた。ひざの上にぽたぽた涙が落ちてきた。
「2人だけで何とかしなくて、いいんだよ。疲れたり困ったりしたら、誰かに助けてもらっていいんだよ」
 もう一度大きく息を吐いて、輝はぼそっと行った。
「センセイに来てもらったみたいに?」
「うん」
 輝の呼吸が落ち着いた。でも、バスタオルをばさっとはいで、ぷつっと言い捨てた。
「でも、あのヒトはお母さんを助けられない。あのヒトは何にもわかってない」


 僕はその人に会ったことがないので、何も言えない。それからも頻繁に、再婚相手と輝を引き合わせる夕食会やお出かけが続いたが、輝は頑なな態度を崩そうとしなかった。そして、毎回授業が終る度に、母親は僕に愚痴を言った。輝に ”ちゃんと” 聞き分けて、新しい父親を認めて欲しい。自分はこんなに気を使って努力しているのに、なぜあの子は思いやりがないのか。僕はイライラしながら、児童教育の専門家らしくこうした場合の子供への配慮なんかをアドバイスしたが、相手の耳に入っているのかどうか、心元なかった。
 その一方で、いくら難しい年頃とはいえ、輝の拒絶の激しさも気になった。立派な社会的地位をひけらかす俗物にしろ、何か魅力があってもよさそうなのに。僕にすぐに懐いてくれた、輝の素直さと聡明さからいって、この頑迷さはちょっと意外だった。信じられないような激しい言葉で、再婚相手を批判するのだ。

 僕はもう少し注意深く、輝の言葉を聞いておくべきだった。輝の声や顔の表情を見ておくべきだった。僕は一番大事なときに、輝のSOSのサインを見逃してしまったのだ。




 ダンダンダン

 僕のアパートの薄い木製ドアが叩かれた。その晩はバイトがなかったので、僕は缶ビールを飲みながら映画ビデオを観ていて、ちょっとうとうとしてしまっていたらしい。一瞬、自分がどこにいるのか、わからなかった。

「先生、先生、開けて!」
 輝の声だ。寝ぼけた頭で僕は混乱した。どうして、ここに輝が? 輝が僕のアパートに来たことなどなかった。実家は市内だが、兄夫婦に僕のいた離れを明け渡して、僕はアパート暮らしだった。ここの住所は輝の母親に教えてあったが……10キロほど離れているのに、どうやって来たんだろう。
「先生、助けて!」
 切羽詰った声に我に返って、僕はドアを開けた。

「先生!」
 輝が狭い玄関口の靴を蹴散らして、部屋に転がり込んで来た。制服の紺のセーラー服を着て、ぺたぺたした汚い台所のビニールを貼った床にへたり込んだ。
「輝、どうしたの。こんな時間に。何で僕のうちに」
「助けて! 壊れる! 壊れてしまう!」
 狂気じみた声だった。輝はがたがた震えていた。
「助けて! 壊れる前に!」
「どうしたんだ。落ち着いて。ちゃんと話して」
「”ちゃんと” だなんて言わないで!」
 叩きつけるように、輝が叫んだ。
「もう、”ちゃんと” なんかできない! ”ちゃんと” なんてしない! もうイヤ! イヤ、イヤ、イヤ!」
 どんどん声が大きくなるので、僕は慌てて部屋を見回した。
 
 あった。ちょっと汗じみてるけど、毎晩着て寝ているタオルケット。それで輝をばふっと包んだ。
「わかった。”ちゃんと” なんてしなくていい。イヤなことはイヤって言っていい。でも、ちょっと落ち着け。ひきつけ起こすぞ」
「イヤ! イヤ! イヤーーーーッ!」
 輝の泣き叫ぶ声が胸に痛くて、僕はタオルケットごと輝を抱きしめた。
「わかった。わかってる。もうガマンしなくていい。僕が助けるから!」
 輝の声がやんだ。
「だから、ここに来たんだろ? 僕が助ける。もうガンバラなくていい。安心していい」
「ホント……?」
 タオルケットの下で輝が頼りない声をもらした。
「ホントだ。だからもういい」

 タオルケットの中から、輝の手がにゅっと現れた。
「先生、これを持ってて」
 それは、石の卵が入った紺色の巾着袋だった。
「これ、しっかりぎゅっと握っていて」
「でも」
「ぎゅっと、ぎゅっと持っていて。でないと壊れちゃう」
 輝の声がまた不安定にゆらいだので、僕は必死に答えた。
「わかった、持ってる。ぎゅっと両手で握ってる。だから、もう、大丈夫だ」
「ダイジョウブ……?」
「輝はもう安心していい。怖がらなくていい。もう、いいんだよ」
「モウ、イイ……?」

 
 僕は両腕でタオルケットを抱きしめながら、巾着袋を両手で包んでいた。
 巾着袋の中が熱いような気がした。巾着袋の口から光がもれたような気がした。

 もちろん、気のせいだ。だって、そんなはずないんだから。

 輝は確かに僕の部屋に駆け込んで来た。確かにタオルケットの下で叫んでいた。僕の腕の中で震えていた。確かに僕は輝を感じた。だからそんなはずないのだ。輝が消えるなんて。

 僕の腕の中で、タオルケットがくしゅっとつぶれた。ふいに腕が空をかいた。そのままバランスを失って、僕は台所のビニールの床に倒れ込んでしまった。タオルケットの下に……輝はいなかった。

 
 輝は消えてしまった。母親も、母親の再婚相手も、警察も、誰も輝を見つけられなかった。
 輝の母親は、結局、その男と再婚しなかった。輝の捜索をしているうちに、その男の行状が明らかになったからだ。ローティーンの少年少女の裸の写真がごっそり押収された。暴力を受けて、気を失っている子供の写真もかなりあった。そのなかに輝の写真はなかったが、そんなこと、再婚を敢行する理由になるわけない。
 僕のところにも警察が事情徴収に来たが、あの晩、輝が僕の部屋に来た事は言わなかった。言っても仕方が無い。言っても、誰も輝を見つけられるわけないからだ。


 庭園水晶の卵は、今でも僕のところにある。僕はときどき巾着袋から取り出して、それを光に透かして見る。緑の木立と金色に輝く花に囲まれて、庭の中を逍遥する彼女を見る。少女は時折、こちらを向くけれど、きっと僕のことはもう見えないだろう。もう彼女には僕は必要ない。今、輝は庭の中で安全に守られているのだから。もう何も、輝を脅かすものはないのだから。


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〔テーマ:自作小説ジャンル:小説・文学

 
しまったかもしんない。
半日で3つ、話を書いてしまった。うち、2つは1000字だとは言え。全部、今朝、日が昇ってから、0から思いついて書いちゃったものです。コワイ。
そのせいか、この話は何だかムラカミ・ハルキちっくな気がしてイヤだ。何だかムラカミ臭がする。何でだろう。









        
 
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