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category横笛奇譚

『葛の葉ゆれて』

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 また、笛の出てくるお話。
 『コウホネの水影に』と同じ街が舞台です。


 ===== ♪ ===== ♪ ===== ♪ ===== ♪ ===== ♪ =====


 なぜ、私がこんなことをしなくちゃいけないんだろう。こんなこと、何になるって言うの。

 ため息がもれそうになるのを抑えて、私は薄暗い石段を早足に上る。もっと早く来たかったけど、今日は蒼太のスイミングの日だ。私が送る番だったから、お友達のケンちゃんと翔くんも一緒に車でスポーツ・センターに連れて行った。ところが、帰りにラッシュにひっかかったのだ。

 足元がよく見えない。この杜は緑が濃い。落葉樹に葉の茂る夏は特に、社は暗くなるのだ。初夏で日が長くなったとはいえ、日が落ちればなお暗い。石を敷いた参道は、落ち葉の甘い香りと、生き物の気配に満ちていた。いやだ、虫か蛇でも出そう。さっさと済ませて帰ろう。
 ちりめんのがま口を開けて、5円玉を出す。5枚。舅と姑と夫と蒼太と私の分。がま口につけた小さな金色の鈴がちりんとなる。これは姑のがま口なのだ。5円玉を貯めたのも、鈴をつけたのも、もちろん姑。”神様は鈴の音が好きだから” というが、いったい誰がそんなことを聞いたのだ? どこで? 誰から? まさか、神様から聞いたっていうのか?


 ぺこっ、ぺこっと2回頭を下げる。賽銭箱に5円玉を5枚、投げ入れ、拍手を2回。ついでにぶらさがっている私の胴くらいの太さの錦紗のひもを振る。ひもに縫い付けられた無数の小さな鈴がしゃらららん、と音を立てる。そして、目を閉じ、手を合わせた。

……蒼太の喘息が楽になりますように。家族仲良く元気に暮らせますように。

 これは姑に指示された願い事の内容。これ以外の雑念は持たないように、特に厳しく言われた。でないと、お百度参りの効果が無効になるそうだ。

 手を開き、目を開けると、最後にもう一度ぺこっと頭を下げる。ここに来るまで、神社の参り方なんて気にしたこともなかった。なのに、こうして毎日1回、家から徒歩15分ほどのこの社に歩いてお参りしている。姑の代わりに。


 私たちの家族は、この春に、夫の実家にやってきた。夫が関東の本社から、この東北の支社に栄転になったからだ。それと、9才になる息子の蒼太の喘息がひどくなってきたことによる。空気のよいところで暮らそう、ということになった。夫は、ここから車で2時間ほどの、支社がある街に小さなアパートを借りてひとり暮らし。週末など時間が取れたときは、実家に帰ってくる。小学校の先生を定年退職した舅は、穏やかな人でわかりやすくゆっくり話してくれる。しかし、姑は……姑の言っていることは、その言葉も、内容もまるっきりチンプンカンプンだった。いくらわかりません、もっとゆっくり、と頼んでも、早口で言い募るばかり。舅が翻訳してくれるけれど、一言一句訳してくれるわけではない。

……本当に、訳がわからない。なぜ、私が神社に日参しなければいけないんだ?

 去年、蒼太が学校で喘息の発作を起こして、救急車で病院に運ばれる事態が起こった。何度も念入りにお願いしておいたにも関わらず、動転した担任教師は吸入器のことなど思いつきもせず、泡を噴いて痙攣し始めた蒼太を見下ろしながらおろおろして救急車を待っていたらしい。責めるわけにいかない。普通の人は病気の人間に触れないものだ。ヘタに手を出して、事態を悪化させるのが怖いのだろう。幸い、すぐに回復したが、今度は仲のよい友人の翔くんに吸入器のことを頼むことにした。翔くんも喘息だから、対処がわかるのである。担任教師に、今度発作を起こしたら、3組の翔太くんを呼んでください、とお願いする。きっと、この人は次も動転して忘れるのだろうな、と思いながら。

 この件を口止めしておいたにも関わらず、夫が電話で姑に話してしまったのだ。もちろん姑が大騒ぎした。どうしてそれほど深刻だと言ってくれなかったのだ、と電話口で私が責められた……らしい。半分も言葉がわからないので、幸いだった。深刻な事態にしたのは、すぐパニックになる担任教師だ。喘息自体は幼児期にくらべてぐっと軽減している。


 そういうわけで、姑のお百度参りが始まった。毎晩、いかに必死に祈っているか、電話越しに力説された……らしい。推察するに、帰ろうとした時鈴がちりりんと鳴ったので、良い徴だとか、そんなことを言っていたような気がする。その習慣は、私達が一緒に住むようになっても続いていた。そして、あと3日で満願、という日に、雨上がりの濡れた石段で、姑は転んだ。ひざの皿にひびが入るほどの怪我だった。姑は、自分のケガよりも、お百度をきちんと踏めないことにパニックになった。一度、発願したら、必ずやり遂げないと、全く参らないよりも恐ろしいことになるらしい。そんな理不尽な神さまに、蒼太の身体のことを頼むのはやめて欲しい。でも、あまりに必死に言うので、私まで恐ろしくなってしまったのだ。

 残り3日を、私が変わりに踏めばいいのかというと、違うらしい。また最初から100日踏み直さなければならない。しかも、一日も開けてはならない。

 毎朝5時に起きて、朝早い舅の朝食を用意し、洗濯機を回しながら蒼太と一緒に手早く朝食を摂って、小学校に車で送ってゆく。帰りに買い物をすませて、舅と昼食。外科病棟に入院している姑を見舞って、汚れた洗濯物を受け取り、よくわからない言葉でグチを聞く。それが済むともう、お迎えの時間。着替えさせておやつをたべさせると、今日は合気道の道場の日。さあ、急いで、遅刻したら吹っ飛ばされるんでしょう?先生の気合で。ほら、車に乗って。そして、また神社に来ている。ここには車で来てはいけないらしい。必ず歩いて踏まなければならない。……理不尽な。

 石段を降りると、鳥居のところで舅が待っていた。暗い神社にひとりで行くのは危ない、とボディ・ガードに来てくれているのだ。「このくらいの距離を歩くのは、身体にいいからね」と穏やかに微笑む。
「本当は私が代わりに参れるといいんだけどね。あれが、私はここのお稲荷さんに嫌われていると言って、聞かないんだよ。まあ、確かに私は諏訪神社のお膝元で育って、毎年神輿を担いでいたから、そっちの氏子なのかもしれないけど、神様ってそんなにお互い仲が悪いものかねえ」
「そんなこと、誰が決めるんでしょうねえ。伝説とかあるのかしら」
「あれが言うには、感じるものらしい。私が境内に入ると、びびっと緊張感が走るんだとさ」
「へえ、お義父さんも感じますか? そういうの?」
「いや、私はからきし鈍くてねえ。でも、私が境内に入るとお百度がぱあになる、とまで言われたらまあ、仕方ない。鳥居の外で待っているしかないよ」
 もちろん私だって、そんなもの感じない。むしろバカらしいと感じている。でも、舅に翻訳してもらわないと言葉も通じないこの土地で、私にはわからない、私には見えないものが渦巻いているようで、薄気味悪いのだ。

 ゆっくり歩きながら、舅が言い出した。
「ねえ、理恵子さん、あんまりがんばりすぎたらいけないよ。あんたまで倒れたらどうするんだ」
 舅の言葉は穏やかで諌めるような空気はなかった。でも私は、じゃあどうしろって言うのよ、と食ってかかりたい情けなさに囚われた。
「そうだな、例えば、私の朝食は作らなくていい。私だって、パンも焼けるし、コーヒーだって入れられる。スープだって作れるぞ。山の中の分校に行ってたときは単身赴任で自炊したからね。あれの見舞いだって、私が行ける。顔を見せないと忘れられそうだから、行ってちゃんと洗濯物ももらってくる。どうだい? それだけで、いくらか荷物が軽くならないかい?」
 私は何も言えなかった。泣きそうになっていた。
「うん。まず、そこから始めよう。そのうち、私と蒼太で晩メシくらい作れるようになるから。だから、一人で全部しょいこまない
ように。いいね?」
「……はい」

 私は実際、少しくたびれていたんだと思う。
 朝、起きてから寝るまで、ひとりになる時間がなかった。いつも何かをしながら大慌て。食事もどこに入ったんだかわからないような流し込み。フロの中でさえ、翌日のスケジュールを組み立て、今日中に用意しておくものを頭の中で整理している。
 不安定な台の上に、棒を積み重ねて塔を作るゲーム……あんな感じ。ぐらぐらしているのに、土台から組み直すことなどムリな相談。どんどん上に伸ばすしかない。そして……とうとう崩れてしまった。


 その晩、スポーツ・センターから駆け出してきた蒼太が、「お母さん、俺、笛吹いていい?」と言い出したのだ。
 スイミングに行き出してから、自分のことを”俺”というようになった。友達の影響もあるのだろう。そういう年頃なのかもしれない。私は、混み合ったセンターの駐車場から車を出すのに精一杯で、半分も聞いてない。「笛? 音楽の時間の?」「ちがうよ、ねぷたの笛だよ! 翔、今年から吹くんだって!」「俺はジャ鉦叩く!」「大手門ねぷた組に来いよ」「清流会の方がいいぜ?」子供たちが興奮気味に話しているけど、何のことかさっぱりわからない。ああ、もう、出られると思ったのに、この車、割り込まないでよ。「ね?お母さん、いいでしょ?」「うちに来れば、爺ちゃんが教えてくれるよ」あっ、また割り込み! しかも、クラクション鳴らして、何様よ。マナー違反はそっちでしょう?
「ねえねえ、お母さん」


 自分で自分の言った言葉が信じられなかった。
「そんな、夜、外で笛なんか吹いて、また発作を起こしたらどうするの! みんなに迷惑かけるだけじゃない。死んじゃうかもしれないのよ! それより大人しく絵でも描いてたらどう?」
 かしましく騒いでいた子供たちの会話がぴたりとやんだ。あっけないほど簡単に駐車場から出られた。それぞれの子供を家に送り届けて、うちに戻るまで、いや、その後夕食の間も、蒼太はひとことも口を利かなかった。

 確かに蒼太は絵を描くのが好きだ。賞を取ったこともあって、自分でも自慢なのだ。でも、その才能まで、私は貶めてしまった。喘息持ちの弱い子にふさわしい軟弱な趣味だと決め付けてしまった。
 いくら発作に苦しめられても、これまで、蒼太の行動に制限をつけたことはなかったのだ。むしろ、積極的に外に出て、身体を動かしていれば、免疫が強くなっていつか克服できる、そんな希望を持って親子で取り組んで来た。蒼太も弱音を吐いたことがなかった。苦しいのは蒼太なのに。
 そんな努力を、私の一言で粉々に壊してしまった。


 舅が心配して、私と蒼太の顔を見比べているけれど、私もどう説明していいかわからない。
 何とか会話をしようと、舅が努めて明るく言い出した。
「今日、町内会長さんと保存会の会長さんが回って来てね、まあ、会費を集めに来たわけだけど、今年もうちの町内は、品川稲荷ねぷた組に参加するらしい。なかなか大きなねぷただよ。蒼太も小さい頃、爺ちゃんと一緒にひっぱったの、覚えてるか?」
 蒼太は顔も上げない。
「今年は、爺ちゃんと出て見ないか? 蒼太。うちにも、笛も鉦もあるぞ。太鼓の撥だって……」
「ごちそうさま」
 蒼太ががたんと立って、階段に向かった。
「蒼太!」私が呼び止めた。「ごめんなさい。お母さん、イライラしてて……言い過ぎたわ。ねぷた、やってみたら……」
「やらないよ。これ以上、迷惑かけなきゃいいんだろ?」
 そういい捨てて、蒼太は2階に駆け上がってしまった。私はへたり込んで、顔を覆った。

「うーむ、理恵子さんの心配ももっともだねえ」
 舅は教育者らしく、私を責めなかった。
「でも、息を使う楽器の練習は、合気道と同じだ。理に適ったやり方で行えば、喘息を克服するいいチャンスになる」
「本当ですか?」
「うん。吹きながら、数キロ歩くわけだから、持久力もつくしね。でも、激しい運動ではないから、いいと思う。まず三上先生に相談したらどうだろう」
「あ、そうですね」子供の頃から蒼太を見てくださっていた小児喘息の専門医の先生だ。スイミングや合気道を薦めてくださったのも、この先生だ。
「先生の返事を待ちなさい、と蒼太に話せばいい。実際、どこの組も11、12になるまで、子供には笛をさせないところが多い。節を覚えるのが大変だし、まだ身体ができてないから、気管支を傷める子がいる」
「そうなんですか・・・」
「だから、囃子の節が頭に入るまで、鉦か太鼓をさせてもらえばいいんだ」
「……」
 私はまだ、頭が混乱していた。頭ごなしに投げつけてしまった自分の言葉が、何度も頭の中でリピートしている。
「……私から話してみようか?」
「ええ、お願いします」
「じゃあ、理恵子さんも手伝って」


 納戸をごそごそして、舅が木の箱を引っ張り出した。それから、蒼太の背丈くらいある木の棒。弓みたいにちょっと反っている。
「この長いのは太鼓の撥だ。普通の和太鼓のすりこぎみたいなヤツと違うだろう?」
 私は普通の和太鼓だって間近で見たことが無い。舅は綺麗な錦地に刺繍の入った豪奢な袋をいくつか取り出した。
「これがジャ鉦。こっちが笛だ」
 こんなに細いもの。ただの竹に穴を開けただけのように見える。これで音なんか出るの?
「どれ、ここ数年吹いてなかったからな。笛ものども鈍ってないかな?」
 舅が笛に口を当てた。

 なんて鮮烈な音! こんなただの棒から、何て大きな音! リコーダーと全然違う。何て情感あふれる音色だろう。

 繰り返しのようで、少しずつ展開する節回し。勇壮なような幽玄なような。くりかえすごとに節の最後がほころんで、違う花に育って、開く。そうして、また一巡り。こんな音楽、聴いたことなかった。


「ふう、覚えているもんだな」
 舅がにこっと笑った。その視線は私の後ろに流れる。つられて振り向くと、いつの間にか、ふすまの隙間に蒼太が立っていた。
「おいで。音が出るかどうかやってみよう。笛は3本あるから、一緒に練習できる」
 蒼太は、何だかぼおっとした様子でふらふら部屋に入ってきて、素直に隣に座った。きっと蒼太もあの笛の音に聞きほれていたのだろう。
「ねぷたに出ていいかどうかは、三上先生に聞いてから決めよう。笛は中学生から、と決めている組も多いから、それも聞いてみないとね。でも、今から練習したっていいだろう?」
「あのっ、私も……私も教えてもらっていいですか?」
 今度も、自分で自分の言葉が信じられなかった。


 三上先生は、いいことだ、と励ましてくれた。保存会の人は、練習日に試験をして、合格したら出てもいいと言ってくれた。
「実際、笛が足りなくてね。助かるよ。がんばって」
 姑の喜び方が予想外だった。舅も笛の名手だった。その笛を蒼太が吹くなんて、と感動している……らしい。がんばってリハビリして、ねぷたまでに退院する、と張り切っている。
 週末に帰って来た夫が、いきなりなめらかに吹いて見せたのにも驚いた。何だか悔しい。そんな話をしてくれたことなかった。
「祭りの期間中に、一日でも帰って来て、一緒に出ようかな」なんて言い出した。
「本当に?」
 蒼太は大喜びである。小さい頃、お爺ちゃんに手を引かれて山車についていくのと、囃子手として参加するのでは全然違う。昼休みも学校で翔くんと特訓しているらしい。あっという間に私よりうまくなってしまった。誇らしいやら悔しいやら。それでも、2人とも保存会の人に合格をもらった。お揃いの半被も3組借りてきた。
「お義父さんは出ないんですか?」
「うん、僕はほら、あのお稲荷さんに嫌われているからね。道端から応援するよ」
 確かに、山車と一緒に2キロあまり、かなり早足で歩くのは、舅には堪えるかもしれない。姑と一緒にいてもらう方が安心だろう。


 境内の囃子の練習を背後に聴きながら、私は石段を登った。
 今夜で満願だ。良かった。祭りをきっかけに、私は自分の不安や不満を表に出せるようになった。蒼太もそれを受け止めてくれるようになった。親子3人で祭りに出られるなんて。姑もこのまま順調に行けば、杖をつきながらねぷたを見ることができる。

……ありがとうございました。蒼太は元気だし、家族で仲良くやっていけそうです。

 私は深々と頭を下げた。その時、しゃらららん、しゃらららららん、と音がした。小さな鈴を無数に縫い付けた、錦紗の太い紐。それが2本、風に揺れたというには不自然なくらい、はっきりとした音で鳴った。
 私は、本堂の奥に向かって微笑んだ。
 
……ありがとうございます。

 境内に下りると、今夜の練習が終わっていて、蒼太はごほうびのジュースをもらって飲んでいた。
「あれ、お義父さんは?」
 私が聞くと、蒼太がけげんな顔をした。
「もしかして、先に帰っちゃった?」
 
 その瞬間、思い出した。舅は去年、亡くなったのだ。私たちは葬儀で久しぶりに姑に会って、そのあまりの落胆ぶりに不安になって、こちらに移動することを決めたのだった。
 私は、石段を振り返った。暗闇の中に続く石段。その奥のここから見えないお堂に、私はもう一度、深々と頭を下げた。

……ありがとうございました。

 しゃららん、と鈴の音が聞こえた気がした。


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過去ログ
泣かせるなぁ (nen)
2008-10-16 16:59:42
ええお話やないの

実際にお囃子の音を聴いてみたくなるねぇ


泣かせてしまいましたか・・・ (スオミ)
2008-10-17 18:24:15
生活臭というか、辛気臭い仕上がりになったので、心配だったんですが・・・。
理想の舅、いかがでしたでしょうか。
お舅さんを彼岸に返さないためのお百度参りだったわけです・・・。

いずれ、笛を聴きに来てくださいね~。









        
 
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