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categoryスケッチ帳

屋久島詣で

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以前アップしたつもりだったが、見つからないので再掲載。
1989年春のことなので、今は事情が違うかもしれません。
旅行記です。実体験です。でもいろいろ不思議でした。
屋久島はぜひまた行きたいです。


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 N、K、I、A、女4人旅。20台前半、ぎりぎりでギャルと呼ばれるかもしれないメンバーにもかかわらず、泥まみれ、ぐしょぬれ、地道な道行だった。
 ノース・フェイスが標準装備、おしゃれする時はジャック・ウルフ・スキンというKとIが別行動で縄文杉に会いに登ったり、他の2人が帰った後、NとKで上屋久町を巡ったり、けっこうマイ・ペースなグループ旅行だ。

 この時のメンバーとは、20年近く経った今でも時間の隔たりを感じずにつき合いを再スタートすることができる。貴重な友人だ。

 この旅行のハイライトを思い出すままに、書いてみる。
 1月に35日雨が降る、と言われる屋久島だが、けっこう晴れていた記憶がある。何度も雨に洗われた澄んだ青空を見た。



1.ふんどし温泉(平内海中温泉)

 これまでの温泉探求の人生で、下北半島の奥薬研温泉に匹敵するすばらしい体験だった。
(奥薬研では天然ヒバ林の間を流れる渓流を見ながら露天風呂。渓流では極彩色のシノリガモのオス5羽が地味な1羽のメスにプロポーズ中。女風呂から歓声が上がる。”あんた、絶対そいつの方が甲斐性あるよ!””そっちの方が男前だよ!””兄ちゃん、もう1匹くらい魚を持ってくるんだよ!グズだねえ!”男風呂はシーン。最高のシチュエーションでした)

 黒潮に乗って北上してくる熱帯魚の卵は、温帯域では冬を越せないので”死滅卵”と呼ばれる悲しい運命だ。でも平内では磯に湧く温泉水が海に流れ込むので、色とりどりの幸運な熱帯魚と一緒に温泉で泳ぐことができる。これぞ極楽体験。
(当時)うら若かった私達は、磯に設置された混浴の浴槽に入る勇気がなく、水着を着て、温泉のこぼれ湯が流れ込むタイド・プールで熱帯魚と泳いだ。
 浴槽で一杯ひっかけた陽気なジ様たちが、”ほう、魚がおるのかね”と前にタオル1枚当てて、プールに参戦。

 前はいいですけどね。犬掻きすれば、お尻も何も丸見えですよ。



2.くつしたも皮ふも溶けるバチルスな温泉(尾之間温泉)

 縄文杉に上がっていた別働隊と海岸残留組が合流した温泉。当時は浴場の2階で、格安で素泊まりすることができた。山組も海組も冷え切ってぬれそぼってしょぼくれ気味。湯治場でもやしラーメンを食べながら、2泊3日で英気を養った。

 しかし、ここの温泉、効きすぎる。
 たんぱく質も溶ける強アルカリ性。汚れた登山靴下をゴシゴシ洗っていると、手の中で靴下が溶けた。ゴシゴシこすった手の皮も赤剥けになってヒリヒリする。

 ”毎日入ってれば慣れるよ””一皮剥けて美人になるよお”と地元の美人に言われたが、角質が溶けて真皮がむき出しになっているのでは。
 つくづく痛い温泉だった。



3.嵐の夜に(一湊・矢筈公園)

 他の2人を宮之浦港で見送って、残留組2人で北上。旧・上屋久町方面へ。
 景色が南半分と違う。明るい。

 バス停から地図のキャンプ場マークを頼りに岬に続く道を上ると、そこは断崖絶壁に挟まれた細い吹きっさらしの野営地だった。折りしも、春の嵐が直撃。こんな場所にテントを張ろうものなら、中に対して軽くない人間2人が寝ていたとしても、テントごとはるか下に見える青い海にダイビングできる。

 テントはあきらめ、何か屋根はないかと彷徨う。シーズン・オフのキャンプ場に管理人などいない。ヒュッテもない。バンガローもない。公園入り口まで引き返すと、そこに畳一畳コンクリート打ちっぱなしの有料道路料金所のような建造物が。ちょっと強く交渉すると(蹴ってみる。注:違法)、ドアが開いた。

 これならとりあえず、飛ばされない。今夜の宿が確保できて、すっかり安心したので岬の下に下りてみる。公園の奥でヤクザルに囲まれ、いきがったボスザルにカツ上げされそうになった。マウンティングされ、湿った前脚でポケットやリュックの中までチェックされた。一生懸命探しているので、せめて飴玉でもポケットに入れておけばよかった、と後悔した。
 雨こそ強くないものの、一晩中強風が吹き荒れた。しっかりした屋根も床もあるし、快適、快適と自分はご満悦ですっかりくつろいでいたが、意外にハプニングに弱いNには気の毒な体験となった。眠れなかったらしい。トイレについて来いというので驚いた。
 おいおい、こんな南海の孤島、ヤクザルとヤクシカとウミガメは出るかもしれないがジェイソンは来ないぞ。

 台風一過。抜けるような青空。私はぐっすり眠って上機嫌。Nはぼろぼろだった。
 キャンプ場の方に散歩すると、ふゅーいー、ふゅーいー、という独特な鳴き声。

 これはまさか……ややや、あのオレンジ、粋なとさか、黒白だんだらな翼……ヤツガシラではないか!
 うおおおお、初めて見たぜ! ひゃっほう。

 普通、もう少し南の方にいる大陸系の野鳥で、けっこう珍しい。何より、ユニークな姿形と声で、私のあこがれの鳥第一号だったのだ。嵐に飛ばされた鳥には気の毒だったかもしれないが、ラッキーな邂逅だった。

 キャンプ場から永田浜までさらにバスで北上。ここは夏の間ウミガメが産卵する砂浜。白いサンゴの欠片のような砂だ。
 ここにも昨夜の嵐の置き土産が。いろいろな貝殻や漂着物が延々と打ち上げられている。ガラスの浮きや、きれいな瓶。海鳥の死骸。

 そして緑がかった青色のあぶくがたくさん白い砂の上に落ちていた。紫を帯びたひらひらしたリボンのようなものが、それぞれあぶくからぶら下がっている。あぶくの中に薄い巻き貝。青緑の泡の帆に、青紫の舵をつけて黒潮に乗って旅して来たんだろうに。

 嵐のせいで、突然旅が終わる不運。
 その美しい遺骸を発見する幸運。



4.恐竜の夢を見る亜熱帯林

 縄文杉に会いに行った山組。せっかくだから海抜0mから植生の変化を体感しながら高度を上げる。

 完全防水の装で山を歩き出すと、気分は水溜り遊びをする子供だ。びしょぬれの倒木に抱きついて乗り越え、真珠の水玉をぎっしりつけたコケのふかふかした茂みに頬ずりする(チクチクして想像したほど、気持ちよくなかった)。
 巨大な木生シダを見上げて、鮮やかなエメラルド・グリーンの着生シダを探す。

 恐竜が出てきそうな、古代の森だ。

 高度が上がって、馴染みのある照葉樹林に入っても現実感が戻ってこない。雨粒の大きさと強さが非現実的だからだ。さらに上ると、もっと幻想的になってくる。杉の巨木は見慣れた真っ直ぐでとんがった杉の形をしていない。古株の上に実生が育ち、2本の若木がお互いに抱き合って曲がりくねった樹形を造る。個体の樹齢を数えることなんて、無意味だ。命が目に見える形で受け継がれている。

 霧につつまれて黒々と見える杉に混じって、ぽつん、ぽつんと貝殻のように鮮やかでつややかなオレンジ色の幹が見える。ヒメシャラの木だ。この木のお蔭で、沈うつになりそうな杉の森がずいぶん救われている。ゴシック様式の教会の中のステンドグラスのようだ。

 それでも巨木に圧倒されて、身体が冷える。手足が縮こまる。食べ物の味がしない。
 ここは本来、私達のいていい場所じゃない。参詣して、下界に帰る、そんな異界。垣間見ることだけが許された極楽浄土なのかもしれない。
 
 海を見て、ようやく生き返った気持ちがした。
 でも下世話なカオスに暮らしていると、厳粛な巨木の森が懐かしくなる。

 そして、また礼拝に行くことになるのだ。



5.すれ違った人

 山組が下山する時の話。
 雨はやんだが、霧で空が白くて時間の感覚がない。下り道は登りよりも滑って足を取られやすいので、2人と
も足元に集中して無言で歩いていた。ザックをしょって1列縦隊。登り優先がマナーなので、登山客が来る度に脇に避けて道を譲る。
 歩いているときは足元が危ういので、余所見をする余裕がない。道を譲っている間の小休止が、風景を見るチャンスなのだ。

 霧と濡れたコケに覆われた斜面が音を吸収するのか、静かだった。長いこと誰ともすれ違わず、仕方なく禁欲的に黙々と歩く。ワンゲルで山経験豊富なIが先に立って、ぺースを守っている。初心者で根性のない私がめそめそしながら、一生懸命ついて行く。

 そのとき、前方から大きな荷物を背負った白い人影が上ってきてほっとした。これで、ちょっと一息つける。
 ちょっと変わった装束だった。修験者ってあんな感じだろうか。白い布をねじって頭に巻き、上衣もきゃはんも白。白い鼻緒のぞうり。人が一人入りそうなくらい大きな、桐のように白っぽい木の箱を背負っている。

 Iはコケに覆われた斜面に身体を寄せて、道を譲った。私もIに習ってコケにへばりついた。
 しかしその登山者は、Iの横をすれ違ったあと私の前で方向転換して、反対側の斜面の方へひょい、と下りてすぐ姿が見えなくなった。私は驚いて、登山者の下りた斜面の方をのぞき込んだ。ガケと言ってもいい急斜面。

「ねえ、I。今の人、ヘンじゃない? この斜面、ショートカットでもあるの?」
「今の人って何?」
「今、Iが道を譲った人だよ」
「もう30分以上、人とすれ違ってないよ?」

 2人とも身体がさあーっと冷たくなって、後も見ずに転がるように残りの道を駆け下りた。

 あの人はなんだったんだろう。
 山の神様か、山の神様になるべく修行中の天狗の弟子か何かだったのだろうと思うようにしている。

 まちがっても、山で亡くなって彷徨っている人とは考えたくない。



6.霧の中の笛

 この旅行には後日談がある。
 この山行きに私はリコーダーを持っていった。嵩張らなくて、濡れても平気なプラスティックのソプラノ・リコーダー。

 明日は縄文杉詣で、今夜は高塚小屋泊、という夕方、霧の中で思いつくままにぴろぴろ吹いていた。

 4年後、故郷を離れて自然系の研究室にいた時、周りに山男が多かった。
 それぞれの冒険談を披露しあっていると、後輩のTが「俺、屋久島でちょっと怖い経験したんどすわ」と言い出した。

「もう日が沈みそうで、ピークの小屋目指して急いどる時に、霧の中からケッタイな音が聞こえて来たんですわ。ひょろひょろと鳥の鳴き声みたいな、笛みたいな。でも、あんな所で笛吹く人やらおりゃしません。ああいう鳴き方する鳥もおるんやろか。夜に鳴くもんやろか」

「それ、何年のこと?」「何月やった?」「ごめん、それ私やわ」

 もちろん、4年まえ、私はTを知らなかった。まるっきりの偶然だ。

 Tは神主の息子で、足が5ミリばかり地面から浮いているようなちょっと不思議な存在だった。人と話すとき、その人のちょっと後ろの何かの影か、何かの光を見ているようなところがあった。
 アクアリウムで淡水生物を買う趣味が共通していたので、何度か一緒に湧水地や水路で透明なエビを採ったり、バラ色のタナゴを採ったり、9歳の野生児同士のような遊びを共有した。

 今なら言えるが、同じ研究室にいた3年間Tのことが好きだった。でも、もちろん告白などしなかった。
 浮遊感のある男に惹きつけられる女の子は引きもきらず、同級生の思い人を片っ端から食い散らすので彼は”鬼畜”の称号をもらっていた。私は、Tが彼女を変える度にこっそり泣いた。

 笛の話がわかった時、私はもうそれで満ち足りてしまった。

 これ以上、美しい思い出など望みようもない。


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〔テーマ:物書きのひとりごとジャンル:小説・文学

 









        
 
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